この気持ちについて
切なさは、届きそうで届かないものに対する気持ちです。すれ違い、間に合わなかった言葉、同じ場所にいるのに違う方を向いている二人。悲しみほど重くはなく、ときめきほど明るくもない、その中間で胸がきゅっと締まる感覚です。
感情浴で切なさを求めるのは、自分の中に言葉にならなかった思いが残っているときが多いようです。作品の中の誰かが、自分と同じように届かなかった思いを抱えているのを見ると、その思いにようやく形が与えられた気がします。
新海誠監督のアニメ映画『秒速5センチメートル』は、少しずつ離れていく二人の時間を、季節の光と一緒に描いて、切なさという気持ちそのものを映像にしたような作品です。住野よるの小説『君の膵臓をたべたい』は、限られた時間の中で近づいていく二人の距離が、最後まで読み手の胸を締めつけます。映画『ニュー・シネマ・パラダイス』は、故郷と映画館と、そこで過ごした時間への思いが、終わり近くの場面で一度にあふれ出します。
切なさの感情浴は、秋の夕方や、帰りの電車の窓際のように、少し暮れかけた時間によく似合います。
切なくなりたいときの作品
この気持ちで記録された22作品です。しずくの数は、心が動いた大きさの目安で、作品の出来を採点したものではありません。

『マイ・ブロークン・マリコ』 骨箱を抱いて、夜行バスの窓側に
膝の上が重たかった

片思いの置いていき方を、美大の片すみで知った 羽海野チカ『ハチミツとクローバー』
自転車のうしろ姿で、めくる手が止まった

十三人ぶんの糸が、一本によじれていく 『十三機兵防衛圏』
眠れないまま朝になった

指文字で、子どもの名前を三回なぞった夜 ドラマ『silent』
手の動きを何度も巻き戻した

目を閉じたまま乗る、夜の汽車 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』を朗読で聴く
耳の奥に汽車の音が残りました

春が来る前に、泣く準備をしておく漫画 新川直司『四月は君の嘘』
最終巻は三回に分けて読んだ

『夏の庭 The Friends』 見張るはずだった夏が、通う夏に変わる
しばらく動けなかった

消す手術は一晩で終わる。消えないものの話 ミシェル・ゴンドリー監督『エターナル・サンシャイン』
缶コーヒーを開けたまま、飲まなかった

きらきらの裏側を、十六冊ぶん 赤坂アカ・横槍メンゴ『【推しの子】』
一巻で三回止まった

別れた二人が、同じ食卓で言い合う冬 坂元裕二脚本『最高の離婚』
笑った回数より、黙った時間のほうが長い
木に引っかかった瞬間、勝負はついていた 『愛の不時着』
来週まで待てなかった

火事の夜が、三回映る 是枝裕和監督『怪物』
二回目で、最初の場面が違って見えた

硬度三半の主人公が、夜の見回りに会いにいく 市川春子『宝石の国』
指先が冷たくなった

滅びると分かっている人たちを、琵琶の音で見送る アニメ『平家物語』
目の奥が熱いまま終わった

六つの部屋の見取り図は、なぜ最後に描き変わるのか 一穂ミチ『スモールワールズ』
表紙をもう一度見た

押し入れの段ボールから、ふたりのナナが出てきた 矢沢あい『NANA』
押し入れの前で座りこみました

元夫が三人、みんなちょっとずつ好きになっちゃう 『大豆田とわ子と三人の元夫』
最終回のあと、台所で立ったまま

『花束みたいな恋をした』 五年分の骨組みが、少しずつずれていく
骨組みがきしむ音がした

唐揚げのレモン一個で、四人のことが好きになる 坂元裕二脚本『カルテット』
揚げものの手が止まった

最後の一曲が終わって、部屋の音が戻ってくるまで 藤井風『HELP EVER HURT NEVER』
余韻が長く残りました

夕方の畦道で、名前を返す少年 『夏目友人帳』
夕方の色が残った

半年ぶんの朝の、最初の一分 米津玄師「さよーならまたいつか!」
曲のあとの一呼吸が残りました
この気持ちになれる場面
切なくなりたい作品が、どんな時によく浸かられているか。場面ごとに、作品と特集を束ねています。
近くにある気持ち
切なくなりたい気持ちのとなりにある言葉です。少し違う角度から浸かりたいときに。