月の明るい夜、崖の上をひとりで見回っている宝石がいて、その体からは銀色の毒がにじみ出ているので、仲間は誰もそばに近づけない、その子のところへ、主人公のフォスが、もっといい仕事を一緒に探すと約束しにいく、一巻のあの夜の場面が、自分にとってのこの漫画の入り口なんです。
見回りをしているのはシンシャという宝石で、自分の毒で仲間を傷つけないように、誰も起きていない夜の番をずっと引き受けている。約束をしたフォスのほうは、仲間の中でいちばん年下で、いちばん脆くて、戦いにも向かないから、と博物誌をつくる仕事を任されている子です。役に立たないと言われ続けてきた子が、役に立てないと思いこんでいる子に会いにいく。何回読んでも、ここで指先が冷たくなります。
脆い体で
舞台は、ずっと遠い未来の、海に囲まれた小さな浜と草原です。そこには宝石の体を持った者たちが暮らしていて、ときどき空から月人がやって来て、宝石をさらっていく。宝石たちは、先生と呼ばれる大きな人のもとで、交代で見張りをしながら戦っている。
宝石は割れても、かけらを集めればくっつくんです。でも、かけらが足りなければ、そのぶん記憶が抜け落ちてしまう。この設定を知ったとき、自分は少し背中が寒くなりました。体が欠けることと、覚えていたことが欠けることが、同じ重さで描かれているんです。
フォスは硬さが三と半分しかなくて、転んだだけで割れてしまう。だから物語が進むにつれて、体の一部を失っては、別のものでそこを補われていく。補われるたびに、できることは増えていくのに、前のフォスとは少しずつ違う誰かになっていく。強くなることと、自分でなくなっていくことが、ずっと同じ道の上にあるんです。
冬の巻のこと
自分がいちばん長く止まったのは、冬の話の巻でした。宝石たちのほとんどが眠りにつく季節に、起きて番をする者だけが残る。雪と氷ばかりの白いページの中で、フォスがある仲間と二人きりで過ごす時間が描かれていて、ここ、本当に、何が起きるかを書かずに言えるのは、白いページがこんなに寂しく見えたことはなかった、ということだけです。
市川春子さんの絵は、線が細くて、余白がとても多いんです。台詞のないコマが何枚も続いて、宝石の髪が光を通すところだけが描かれている。自分は絵の話をうまくできないけれど、その余白のところで、喉がつまる感じだけは確かにありました。
二〇一七年のアニメを先に観て、それから漫画を読み始めました。連載はいまも続いていて、去年の秋に出た十二巻まで読んだところです。巻が進むごとに、最初の頃には想像もできなかった場所へ物語が進んでいて、正直に言うと、自分はまだこの話がどこへ行くのか分かっていません。分からないまま、次の巻を待っています。
ひとつだけ、読む前に知っておいてほしいのは、この漫画は、やさしい話の顔をして始まる、ということです。一巻の宝石たちは、みんなきらきらしていて、言い合いも軽くて、自分も最初は笑いながら読んでいました。その軽さが、巻を重ねるごとに少しずつ別の色を帯びていく。何回読んでも、一巻の笑い声を思い出すたびに、胸の奥が少しだけ冷えます。
誰に、いつ
誰かのために何かをしたいのに、自分には何もできないと思っている人に。それから、眠れない冬の夜に。一巻の夜の見回りの場面は、部屋の明かりを少し落として読むと、ページの余白がいっそう広く見えます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 宝石の国 |
| 作者 | 市川春子 |
| 連載 | 講談社「月刊アフタヌーン」(2012年から連載中) |
| 巻数 | 12巻まで(2023年2月時点) |
| アニメ | 2017年にテレビアニメが放送 |
