西日の畦道。少年の影が、田んぼの上に長く伸びる。足もとには、丸い体の猫が一匹。
この一枚で、この作品の半分は言えてしまう気がする。
『夏目友人帳』。妖怪が見える少年、夏目貴志の話である。
幼いころに親を亡くし、親戚の家を転々としてきた夏目は、遠い親戚の藤原夫妻に引き取られ、ある田舎町で暮らし始める。そこで、祖母レイコが遺した一冊の帳面を手にする。「友人帳」。レイコが勝負をして負かした妖怪たちの名前が、そこに集められている。名前を握られた妖怪は、持ち主に逆らえない。
夏目は、その名前を一つずつ返していくことに決める。
用心棒は、招き猫に封じられていた妖怪。見た目は太った猫、呼び名はニャンコ先生。
名前を返す場面
紙を一枚くわえて、息を吹く。書かれていた文字が、光の粒になってほどけ、持ち主のもとへ帰っていく。
その一瞬、夏目の中に、レイコと妖怪が出会った日の記憶が流れこむ。
ワタシがこの作品を観続けた理由は、ほとんどこの場面にある。つまり、光。暗い場所から、ふっと明るいものが立ちのぼる。構図としては毎回ほとんど同じなのに、流れこむ記憶の色が、回ごとに違う。夏の緑。秋の稲穂。雪の白。
レイコは、誰にも理解されず、ひとりで妖怪と遊んでいた人である。その孤独が、名前を返すたびに少しずつ見えてくる。夏目は、会ったこともない祖母の寂しさを、他人の記憶越しに受け取っていく。
太った猫と、夕飯の明かり
重い話ばかりではない。
ニャンコ先生は、酒と饅頭が好きで、口が悪く、すぐに寝る。用心棒のくせに、夏目より先に逃げることもある。この丸い体が画面の端にいるだけで、構図の重心が少し下がる。暗い回でも、観ている側が沈みきらずにすむのは、たぶんこの猫のおかげである。
それから、藤原家の食卓。塔子さんの作る夕飯。台所から漏れる明かり。長く居場所のなかった少年が、その明かりの中に座っている。背景の色は、ここだけ少し温かい。ワタシは、戦う場面より、この食卓の場面を何度も一時停止した。
好きな回
小さな祠の神様の話。
人に忘れられるほど、姿が小さくなっていく神様がいる。その祠には、若いころから一人でお参りを続けてきた老婆がいる。神様は、その老婆ひとりのために、そこに残っている。
先は書かない。ただ、この回の最後の数分は、画面の色がとても静かである。台詞より、背景の余白のほうが多くを語る。
説明しない作品
この作品は、夏目の気持ちを台詞でほとんど説明しない。
人に頼るのが下手な少年。藤原夫妻に迷惑をかけたくなくて、妖怪のことを隠し続ける。本当は誰かに話したい。その気持ちは、言葉ではなく、夕飯の食卓の明かりや、玄関で振り返るときの横顔で描かれる。
ワタシは、登場人物の気持ちを説明しすぎる作品が苦手である。この作品は、その反対側にいる。
しずくは三つ。泣かされる作品ではない。ただ、観終えたあと、窓の外の夕方の色が、いつもより長く目に残る。
誰に
人に頼るのが下手な人。家族や身近な人に、言えないことを抱えている人。
妖怪ものは苦手、という人でも観られると思う。怖い回もあるが、たいていは、寂しい誰かの話である。
いつ
疲れて帰ってきた日の夕方。一話ごとに話が閉じる回が多いので、一話だけで終えられる。
秋の休日の朝に、窓を開けて観るのも悪くない。画面の中の空と、外の空の色を見比べるといい。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 夏目友人帳(テレビアニメ) |
| 原作 | 緑川ゆきの漫画(白泉社「LaLa」連載) |
| 監督 | 大森貴弘 |
| 制作 | ブレインズ・ベース |
| 媒体 | アニメ |
| 放送 | 第1期は2008年7月〜9月 |
| 話数 | 第1期は全13話(1話およそ24分)。続きの期も多い |
近い気持ち
九月の感情浴会(第5回)で取り上げた。凪の進行、記録はワタシ。会ではあの祠の回を、一緒に観た。
(記録:十一)
