土曜の朝、窓のそばで読んでと下の子が持ってきたのは、緑の表紙の、りんごが一つ落ちてくる絵本でした。上の子の学校の図書室から借りてきたものです。
窓の外では、近くの木の葉が、もう半分くらい黄色くなっていました。
りんごの木と、ひとりの男の子
一本のりんごの木がいます。木は、ひとりの男の子が大好きです。
男の子は毎日やってきて、落ち葉を集めて王さまのかんむりを作ったり、幹をのぼったり、枝にぶらさがったり、りんごを食べたりします。遊びつかれると、木かげで眠ります。木は、それがうれしい。
絵は、黒い線だけです。色はありません。木も男の子も、ほとんど線でできている。それなのに、ページをめくるたびに、木がどれだけ男の子を好きなのかが、ちゃんと伝わってきます。
大きくなった男の子
やがて男の子は大きくなって、あまり木のところに来なくなります。
ひさしぶりに来たと思ったら、お金がほしいと言う。木は、りんごをあげます。家がほしいと言う。木は、枝をあげます。遠くへ行きたいと言う。木は、幹をあげます。
そのたびに、木はうれしい。そう書いてあります。
最後のページのことは書きません。読み聞かせのとき、あたしはそのページで、声が少し小さくなりました。
下の子と、上の子
下の子は、まだお話の筋を全部は追えません。りんごを食べるページと、男の子が木にぶらさがるページが好きで、そこで毎回指をとめます。
途中で「木、いたくないの」と聞かれました。あたしは「どうかなあ」としか言えませんでした。
いつのまにか、上の子が後ろで聞いていました。読み終えると、「この子、ずるくない」と言いました。それから少し考えて、「でも、木がいいって言ってるならいいのか」と言い直しました。
あたしは、どちらにも、うなずいてしまいました。
大人が読むと
この絵本は、読む人によって、まるで違う話になるんだなあ、と思います。
やさしい木の話にも読めるし、もらってばかりの子の話にも読める。親と子の話にも、ほかのだれかとの話にも読める。どれが正しい、とは書いてありません。だから、読み終えたあとに、自分がどう読んだのかが、自分にはね返ってきます。
あたしは、子どもたちに何かをあげるとき、うれしい気持ちと、少しさびしい気持ちが、いつも一緒にあります。そのさびしさを、この木はどうしていたんだろう。毛布のほつれを指でさわるみたいに、そこばかり考えてしまいました。
浴びてほしい人
- だれかに、あげてばかりだと感じている人
- 子どものころに読んで、よく分からなかった人
- 読み終えたあと、だれかと「どう読んだ」を話したい人
浴びる時間
休日の朝に。窓のそばで、葉っぱの色が変わりはじめたころに。子どもと読むなら、読み終えたあと、すぐに答えを言わないで、少し待ってみてください。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 書名 | おおきな木 |
| さく・え | シェル・シルヴァスタイン |
| やく | 村上春樹(2010年の新しい訳。前には本田錦一郎さんの訳が長く読まれていた) |
| 出版社 | あすなろ書房 |
| 原書 | The Giving Tree(1964年) |
近い気持ち
本は、月曜に上の子が図書室へ返すそうです。返す前に、もう一回だけ、ひとりで読んでおこうと思います。
