夜の十一時すぎに、最後の頁を閉じました。台所の小さな明かりだけをつけて、読んでいました。
外は、少しだけ雨が降っていました。
カウンターの隣
語り手は、ツキコさんという女の人です。三十代の後半で、ひとりで暮らしていて、ひとりで駅前の居酒屋に通っています。
ある晩、カウンターの隣に座った老人が、高校で国語を教わった先生だと気づきます。ツキコさんは、名前を思い出せません。だから「センセイ」と呼びます。センセイのほうは、ツキコさんのことを覚えていました。
それから、二人はときどき、同じ店で隣り合うようになります。約束はしません。行けば、いることがある。いなければ、ひとりで飲んで帰る。
注文するものが、二人ともよく似ています。それだけのことが、たぶん、はじまりでした。
季節がひとめぐり
この小説は、短い章が並んでできています。
目次を見ると、キノコ狩りの章があり、お花見の章があり、島へ行く章があります。ひとつずつ読むと、季節がゆっくり、ひとめぐりします。
わたしが好きなのは、秋の章です。センセイと、山へキノコを採りに行く。居酒屋のカウンターを出て、二人が外を歩く。それだけで、景色の色が少し変わります。
大きな出来事は、あまり起きません。小さなけんかがあって、しばらく店で会わない日が続いて、また隣に座る。そのくり返しです。
ひと席ぶんの距離
二人の年は、三十くらい離れています。
センセイは、ずっと先生のままの言葉づかいで話します。ていねいで、少し古くて、ときどき、こちらが笑ってしまうくらい堅い。ツキコさんは、それに合わせたり、合わせなかったりする。
カウンターで隣り合っているのに、二人のあいだには、いつもひと席ぶんくらいの距離があります。近づきそうで、近づかない。わたしは読みながら、その空いた席に、湯気の立つ湯豆腐の鍋を置いていました。
切ない、という言葉が、この本には少しだけ合いません。たぶん、もっと静かなものです。夕方の光が、窓の桟から少しずつ引いていくのを、ただ見ているような。
ひとりで飲むこと
ツキコさんは、ひとりでいることに慣れています。慣れていると、自分では思っている。
わたしも、たぶん同じです。仕事から帰って、ほうじ茶を淹れて、本を開く。誰とも話さない夜が、続いても平気です。
けれど、この本を読んでいるあいだ、何度か、誰かと隣り合って黙っている時間のことを考えました。何も話さなくていい。同じものを頼んで、同じように食べる。それだけで足りる関係が、あるのかもしれない、と。
結末には触れません。最後の章を読み終えて、しばらく、台所の明かりを消せませんでした。
しずくは四つにしました。読み返すなら、また秋がいいと思います。
浴びてほしい人
- ひとりの夜に、慣れているつもりの人
- 誰かと、黙って隣り合っていた時間を覚えている人
- 大きな出来事のない小説を、ゆっくり読みたい人
浴びる時間
秋の夜に。一章ずつが短いので、眠れない夜に、ひとつかふたつずつ読むのもいいと思います。キノコ狩りの章は、ちょうど今ごろの季節に。
作品データ
- 書名: センセイの鞄
- 著者: 川上弘美
- 刊行: 2001年6月(平凡社)。いまは文春文庫と新潮文庫で読めます
- 第37回谷崎潤一郎賞の受賞作
近い気持ち
この本は、二十代のころに一度読んでいます。そのときは、センセイの言葉づかいばかりが可笑しかった。今回は、空いた席のほうを見ていました。
