衣替えのついでに押し入れを片づけていたら、いちばん奥の段ボールから、表紙の日に焼けた『NANA』が出てきました。子どもたちが寝たあとの、夜の十時すぎです。
一巻だけ、と思って押し入れの前に座ったんですよね。気づいたら、足もとに七冊くらい積まれていて、冬物のセーターはまだ半分しか出ていませんでした。
学生のころ、友だちと一冊ずつ買って、教室で回し読みしていた漫画です。あのころは、続きが出るたびに誰が先に読むかでもめていました。いや、ほんとに、もめてたんです。
ふたりのナナ
雪の日に、東京へ向かう新幹線で、同い年のふたりの女の子がたまたま隣の席になります。どちらも二十歳で、どちらも名前が「なな」。
ひとりの奈々は、恋に一直線で、寂しがりで、すぐ誰かに頼ってしまう子。もうひとりのナナは、バンドで歌っていて、ひとりで立っているように見える子。まるで反対のふたりが、同じ部屋を見に行って、成りゆきで一緒に暮らしはじめるんです。
この漫画のいいところは、ふたりが仲良くなっていく様子が、ちっともきれいごとじゃないところだと思います。やきもちを焼くし、言わなくていいことを言うし、相手のために我慢したつもりが、ぜんぜん伝わっていなかったりする。部屋の中の散らかり方まで、ふたりの気持ちの具合に見えてくるんですよね。
ナナのほうも、強そうに見えて、ぜんぜん強くない。歌っているときはあんなに堂々としているのに、ひとりになると、昔の恋や、置いてきた町のことを、ずっと引きずっている。奈々は奈々で、ナナのそういうところに気づいて、なんとか力になりたいと思うのに、やり方がいつも少しずれている。お互いに相手のことを、自分にないものを持っている人だと思っているのが、読んでいてもどかしいんです。いや、ほんとに、ふたりとも、もう少し自分のことを好きになっていいのに。
はるまきが今回いちばん手を止めたのは、ふたりが部屋で、なんでもない夜ごはんを一緒に食べている場面でした。学生のころは、恋の場面ばかりどきどきしながら読んでいたのに、今読むと、そういうなんでもない時間のほうがまぶしいんです。こういう夜は、あとから思い返すと、二度と戻ってこないものなんですよね。
それから、ところどころに、少し先から今を振り返っているような言葉がはさまります。あのころの自分たちは、と語り手が思い出している。その語り口のせいで、楽しい場面ほど、どこか切ないんです。何が起きるのかは、ここには書きません。
二十歳の部屋のこと
学生のころのはるまきは、たぶん奈々のほうでした。誰かに合わせてばかりで、自分のことは後回しで、そのくせ寂しがり。ナナみたいになりたくて、なれなかったほうです。
いま読み返すと、奈々のことを「しっかりしなよ」と思う気持ちと、「そのままでいいよ」と思う気持ちが、半分ずつなんですよね。煮物の火加減みたいに、どっちかに寄せると焦げちゃう。親になってから読むと、ふたりのまわりの大人たちの顔も、前よりよく見えました。
続きは、もう長いこと出ていません。あのころ回し読みしていた友だちとも、年賀状だけのつきあいになってしまいました。それでも、最後の巻まで読み終えたあと、はるまきはその友だちの一人に、ひさしぶりに短いメッセージを送りました。「押し入れからNANAが出てきた」とだけ。すぐに返事がきて、それがなんだかうれしかったです。
浴びてほしい人は、昔の友だちと少し疎遠になっている人。若いころに住んでいた部屋のことを、ときどき思い出す人。
浴びる時間は、秋の夜に。一巻ずつ、ではなく、何冊かまとめて。眠れない夜に始めると、たぶん朝まで止まりません。はるまきはそうでした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | NANA |
| 作者 | 矢沢あい |
| 連載 | 集英社「Cookie」(2000年から) |
| 巻数 | 21巻まで(2009年から休載中) |
近い気持ち
- 切なくなりたい……楽しい場面ほど、振り返る語り口が効いてくる
- 懐かしみたい……二十歳のころに住んでいた部屋
- 誰かに会いたくなりたい……回し読みした友だちに、連絡したくなる
(記録:はるまき)
