ラルム / 作品の記録

2026.10.07媒体 小説記録 灯

八十分ごとの、はじめまして 小川洋子『博士の愛した数式』

ほうじ茶が、冷めるまで閉じられなかった
『博士の愛した数式』の表紙
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祝日の午後三時すぎに、最後の頁を閉じました。窓の外は薄く曇っていて、ほうじ茶はとうに冷めていました。

この本を読むのは、三度目です。

六年前の秋の選書に、わたしが入れた本です。二年前の秋にも、一度読み返しました。そのときは、台所の場面に少しだけ長くとどまった、と通信に書いています。今回は、とどまった場所が、また違っていました。

どんな本か

語り手の「私」は、家政婦です。十歳の息子と二人で暮らしています。

新しく派遣された先は、年老いた元数学者の家でした。博士と呼ばれるその人は、ある事故のあと、記憶が八十分しかもちません。事故より前のことは覚えている。けれど、新しいことは、八十分たつと消えてしまう。

だから、毎朝、「私」は博士にとって、はじめて会う人です。

博士の背広には、たくさんのメモが留めてあります。忘れてはいけないことを、自分で書いて、自分に貼っている。朝、玄関を開けるたびに、博士は「私」に靴の大きさや電話番号をたずね、その数字について、何か美しいことを話しはじめます。

やがて、「私」の息子も、学校のあとに博士の家へ来るようになります。博士は、その子の頭のてっぺんが平らなのを見て、ルートという呼び名をつけました。

一度目と、二度目

一度目に読んだときは、数字の話に驚きました。数字がこんなにあたたかいものだとは知らなかった、と選書に書いています。たぶん、あのときのわたしは、博士の話す数の美しさを、そのまま受け取っていました。

二度目は、台所でした。「私」が博士のために食事を作る場面。何度はじめましてを言われても、同じ台所に立つ人のこと。

三度目にとどまった場所

今回、わたしが長くとどまったのは、野球の場面です。

博士は、阪神タイガースが好きです。とくに、ある投手が好きで、その背番号の数字を大事にしています。ルートも、タイガースが好き。二人は、ラジオの野球中継をいっしょに聴きます。

博士の中のタイガースは、事故の年のまま止まっています。好きな投手は、とうに引退しています。そのことを、「私」とルートは、博士に言いません。言っても、八十分で消えてしまう。消えて、また知って、また傷つく。だから、言わないことを選ぶ。

十歳の子どもが、その選び方をするのです。

わたしはそこで、本を膝に置きました。雨上がりの窓のように、少しだけ景色がにじみました。

博士の前では、その投手が、いまも投げているかのように話を合わせる。嘘というほど大きなものではない。かといって、本当のことでもない。優しさというのは、たぶん、そういう細い道を歩くことなのだと思いました。一度目にも二度目にも、読んでいたはずの場面です。けれど、今回はじめて、そこで立ち止まりました。

静かな本です

大きな事件は、ほとんど起きません。博士の家の、ほかの家族とのあいだに、少しだけ揺れがあるくらいです。ほとんどの頁は、台所と、書斎と、ラジオの音でできています。

文章も、静かです。「私」の語りは、あとになってから、あの頃を振り返る形で書かれています。夕方の光が部屋の奥までさしこんで、少しずつ引いていく。そういう速さで、頁が進みます。

結末には触れません。ただ、閉じたあと、しばらく何もしたくありませんでした。冷めたほうじ茶を、そのまま飲みました。

しずくは四つにしました。三度読んで、三度とも、違う場所で心が動いた本です。次に読むときは、たぶん、また別の場所で止まるのだと思います。


浴びてほしい人

  • 誰かの記憶や体のことで、言うか言わないかを迷ったことがある人
  • 数学が苦手だった人。わたしもそうでした
  • 前に一度読んで、そのままになっている人。いまのあなたがとどまる場所は、たぶん前と違います

浴びる時間

秋の、ひとりの週末に。夕方から読みはじめると、ちょうど日が落ちるころに、野球の場面が来るかもしれません。眠れない夜に一章ずつ読むのもいいと思います。博士の家の時間は、夜のほうが、少しだけ近く感じられます。

作品データ

  • 書名: 博士の愛した数式
  • 著者: 小川洋子
  • 刊行: 2003年8月(新潮社)
  • 第1回本屋大賞の受賞作

近い気持ち

この本は、会ではまだ取り上げていません。わたしが進行する回で、いつか、と思いながら六年たちました。

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