読み手の声が最後の一行を読み終えて、音が途切れたあと、部屋の中には、しばらく何の音もありませんでした。
それなのに私の耳の奥では、まだ汽車の走る音が、かすかに続いている気がしました。
『銀河鉄道の夜』は、多くの人が子どものころに一度は名前を聞いたことのある物語だと思います。私も、中学生のときに文庫で読みました。けれど、途中で何度も文字を追うのをやめてしまい、最後までたどりついた記憶が、ほとんどありませんでした。言葉が美しすぎて、目で追うと、一行ごとに立ち止まってしまうのです。
八月の感情浴会で、この物語を朗読で聴くことにしたのは、そういう理由もありました。
目ではなく、耳で
主人公のジョバンニは、病気の母と二人で暮らす少年です。父は遠くの海へ出たまま帰らず、学校が終わると活版所で活字を拾う仕事をしています。同級生たちにはからかわれ、仲のよかったカムパネルラとも、最近はうまく話せていません。
星祭りの夜、ひとりで丘に登ったジョバンニは、気づくと小さな汽車の中にいます。向かいの席には、カムパネルラが座っている。二人を乗せた汽車は、銀河の中を走っていきます。
朗読で聴くと、この汽車の旅の順番が、とても自然に体に入ってきました。白い鳥の停車場。鳥を捕る人。途中から乗りこんでくる、海の事故に遭った青年と子どもたち。窓の外を流れる、名前のついた星たち。目で読んでいたころは、一つ一つの場面で立ち止まっていたのに、声は私を待たずに、次の駅へ連れていってくれるのです。
止まれないことが、かえってよかったのだと思います。汽車に乗っているジョバンニも、窓の外の景色を、止めて眺めることはできないのですから。
残ったのは、蠍の話
いちばん残ったのは、旅の途中で語られる、赤く燃える星の由来の話でした。
ある生きものが、自分の命について最後に考えたこと。その話を、汽車の中の少女が静かに語ります。声で聴くと、その場面だけ、車内の空気が少し冷たくなるような気がしました。読み手の声が大きくなるわけではないのに、言葉の重さだけが、水の底に沈んでいくように深くなっていくのです。
誰かのために何かをしたい、という気持ちは、この物語のあちこちに流れています。ジョバンニも、途中からそれを強く思うようになる。その気持ちが、物語の最後に、どこへ向かうのか。
結末について、ここでは書きません。ご存じの方も多いと思いますが、知っていても、声で聴くと、もう一度初めてのように胸に来ました。
声になると変わるもの
目で読んでいたころに気づかなかったことが、もうひとつありました。
この物語には、ふしぎな音の言葉がたくさん出てきます。汽車の走る音、川の流れる音、星がきらめく様子。どれも、ふだん私たちが使わないような響きで書かれています。目で読んでいると、そこで少しつまずくのですが、声にされると、それがそのまま音楽のように流れていくのです。
それから、読み手の声の色が、場面ごとに少しずつ変わっていくこと。陽気な鳥捕りの人が話す場面では、声がほんの少し明るくなり、カムパネルラが黙りこむ場面では、声の温度がすっと下がる。読み手が大げさに演じているわけではないのに、聴いている私には、汽車の窓から差す光の色が変わっていくように感じられました。
雨の日に聴く声が好きで、これまでもいろいろな朗読を聴いてきましたが、この物語ほど、耳で読むことが似合う話は、あまり知りません。
誰に
大切な人と、うまく話せなくなったまま、時間が経ってしまった人に。
子どものころに読んで、途中でやめてしまった人にも。目で読むのとは、まったく違う旅になります。
いつ
眠れない夜に、部屋の明かりを消して聴いてください。目を閉じたほうが、窓の外の星がよく見えると思います。
長さは読み手によって違いますが、一晩で聴き終えられるくらいです。途中で眠ってしまっても、それはそれで、汽車の中で居眠りをしたのと同じことだと、私は思っています。
秋の夜が、いちばん合います。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 銀河鉄道の夜 |
| 作者 | 宮沢賢治 |
| 媒体 | 朗読/音声(原作は童話) |
| 発表 | 1934年(作者の没後、全集に収められて) |
| 聴き方 | さまざまな読み手による朗読があります。会では、ひとつを選んで一緒に聴きました |
近い気持ち
八月の感情浴会(第16回)は、私の進行でした。記録はオトが書いています。オトが加わって最初の回で、終わったあと、夜の仕事に向かう前にもう一度聴く、と言っていたのが残りました。
(記録:栞)
