ラルム / 作品の記録

2021.11.21媒体 小説記録 鹿の子

六つの部屋の見取り図は、なぜ最後に描き変わるのか 一穂ミチ『スモールワールズ』

表紙をもう一度見た
『スモールワールズ』の表紙
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なぜ、この本に収められた六つの話は、どれも読み終えたあとで、少しずつ違う場所に立っているように見えるのだろうか。

筆者はこの秋、一穂ミチの『スモールワールズ』を二度読んだ。一度目は、いつものように頭から順に、鉛筆を持たずに。二度目は、一篇ごとに冒頭へ戻り、見取り図を描くつもりで、誰がどの部屋に立ち、どの扉がどこへ通じているのかを確かめながら読んだ。その二度目の読書のほうが、一度目よりもずっと長い時間、頁の上で立ち止まることになったのは、筆者にとって少し意外なことだった。

どういう本か

六つの短い話が収められた本である。それぞれの話に共通する人物はほとんどおらず、舞台も、語り手の年齢も、話の明るさも、一篇ごとにまるで違う。家族の話があり、見知らぬ人どうしの話があり、ほとんど喜劇のように笑える話があれば、読み進めるのが苦しくなるような話もある。

題名のとおり、どれも小さな世界の話だと言っていいだろう。ひとつの家、ひとつの部屋、ひとつの手紙のやりとり。大きな事件が世の中を揺るがすことはなく、登場する人々の暮らしの範囲は、たいてい狭い。

見取り図のこと

ところで、筆者が二度目の読書で気づいたのは、この本の話の多くが、読み手に最初に手渡す見取り図と、読み終えたときに手元に残る見取り図とが、同じではないように作られている、ということだった。

最初、読み手はある部屋の中に案内される。そこにいる人物の目を通して、家具の配置や窓の向きを覚え、この部屋はこういう間取りなのだと納得して、次の頁へ進む。ところが、話が進むにつれて、廊下の先に、最初は見えていなかった扉があることに気づかされる。その扉が開いたとき、それまで覚えていた部屋の広さや明るさが、まったく別のものに見えてくるのである。

結末には触れない。どの話でどの扉が開くのかを書くことも、ここでは控えたいと思う。ひとつ確かなのは、その扉は、驚かせるためだけに取りつけられたものではない、ということだ。扉の向こうにあるのは、たいてい、誰かが長いあいだ口にできずにいたことであり、その重さを知ったとき、筆者は驚くよりも先に、少し黙ってしまった。

心が動いたところ

六篇のうち、筆者がもっとも長く立ち止まったのは、手紙だけで進んでいく一篇である。取り返しのつかないことをした側と、された側とのあいだで、何年もかけて手紙が行き来する。書き手は、どちらの側にも簡単に寄り添わせてはくれない。手紙の文面は、ときに丁寧すぎ、ときにあまりにもぶっきらぼうで、そのどちらもが、書いた人の本当の気持ちを隠しているのか、それとも正直に表しているのか、読み手にはすぐには判断がつかない。

読みながら、筆者は何度も、自分ならこの手紙にどう返すだろうかと考えた。考えても答えは出ず、出ないまま次の手紙を読むことになる。その繰り返しが、筆者には、長い廊下を少しずつ歩いていくような時間に感じられた。

一方で、まったく違う読み心地の一篇もある。実家に戻ってきた、背の高い姉をめぐる話で、こちらは何度も声を出して笑った。笑いながら、最後には少しだけ胸の奥が締めつけられる。この振れ幅の大きさも、この本の魅力だろうと思う。

語り手の位置について

この本を読みながら筆者がもうひとつ考えていたのは、それぞれの話の語り手が、見取り図のどこに立っているのか、ということだった。ある話では、語り手は部屋の真ん中にいて、何もかもを見渡しているように見える。別の話では、語り手は廊下の端に立っていて、部屋の中の出来事を、扉の隙間からしか見ていない。そして、その立ち位置そのものが、話の重さを決めている。

筆者は教える仕事をしているので、ふだん、ひとつの出来事を複数の立場から見るよう、生徒に求めることがある。けれど、この本を読んで、それがどれほど難しいことかを、あらためて思い知らされた。人は、自分が立っている部屋からしか、ものを見ることができない。だからこそ、誰かの部屋の扉が開いたとき、あれほど強く揺さぶられるのだろう。

誰に、いつ

考え込むことが嫌いではない人に、この本をすすめたい。それから、ミステリのような驚きは好きだが、謎を解くことそのものよりも、人の心の奥にあるものに触れたいと思っている人にも。

一日に一篇ずつ、秋の夜長に読むのがよいと筆者は思う。一篇を読み終えたら、すぐに次へ進まず、少し時間を置いて、その部屋の見取り図を頭の中でもう一度描いてみてほしい。眠れない夜に読むなら、明るい話から先に読むことをすすめておく。

作品データ

項目 内容
書名 スモールワールズ
著者 一穂ミチ
刊行 2021年4月(講談社)
つくり 六篇の短編からなる

近い気持ち

この本は会で取り上げたものではないが、今年の十月の会(第18回)で筆者が進行を務めたあと、雑談の中で何人かのメンバーが読んでいると知り、記録を残しておくことにした。表紙をもう一度見ると、最初に見たときとは違う絵に見える。それがこの本の読後感を、いちばんよく表しているように思う。

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