祝日の朝、九時すぎに最後の頁を閉じました。台所のほうじ茶は、もう冷めていました。
窓の外は、よく晴れていました。秋の、少し高い空です。
二十四の話
向田邦子さんの、はじめてのエッセイ集です。テレビドラマの脚本を書いていた人で、この本は、銀座の小さなタウン誌に連載された文をまとめたもの。単行本は1978年に出ています。
話は二十四。どれも、昭和の家のことです。
真ん中には、いつも父がいます。保険の会社に勤めていて、仕事の都合で、家族は何度も引っ越しをします。家では威張っていて、声が大きい。母を叱る。子どもを叱る。宴会から赤い顔で帰ってきて、客まで連れてくる。
書いてあることだけを並べると、ずいぶん困った人です。
笑ってしまう
それなのに、読んでいるあいだ、わたしは何度も笑いました。
向田さんの文は、父を責めません。かばいもしません。ただ、そのときの台所の匂いや、ちゃぶ台の上のおかずや、父の機嫌の悪い朝の新聞の音を、そのまま置いていきます。
置かれたものを読んでいるうちに、大きな声の向こうにいる人の顔が、少しずつ見えてきます。照れている顔。言いそびれた顔。引っこみがつかなくなった顔。
ある話では、家族で食べた何でもないおかずのことが、何年もあとまで続きます。別の話では、引っ越した先の町の景色が、急に匂いごと戻ってきます。どの話も、短いのです。一つ読むと、ちょうど湯のみ一杯ぶん。
冬の夜の玄関
表題の話は、寒い夜の、玄関のことです。
父が連れてきた客が帰ったあと、玄関がひどいことになっていて、娘がそれを片づける。父は、黙ってそれを見ている。何も言わない。
しばらくして、父から手紙が届きます。そこに、短い一行があった。
その一行が何だったのかは、書かずにおきます。本で読んでほしいからです。わたしは、そこまで笑いながら読んできて、その一行で、少しだけ黙りました。
謝る、というほどの言葉ではありません。たぶん、それが、あの人にできた精いっぱいでした。
読み終えて
この本が出て三年ほどのちに、向田さんは飛行機の事故で亡くなっています。
そのことを知って読むと、どの話も、もう戻らない台所の話に見えます。けれど、本の中の家は、いつまでもにぎやかです。父は、いつまでも大きな声で怒っています。
わたしの父は、大きな声を出す人ではありません。それでも、読み終えて、実家に電話をかけようかと少しだけ思いました。祝日の朝に急にかけたら、何かあったのかと心配されそうなので、やめました。夕方に、かけてみるつもりです。
浴びてほしい人
- 家族のことを、うまく好きとも嫌いとも言えない人
- 昭和の台所の匂いを、少しだけ知っている人
- 短い文を、一つずつ寝かせて読みたい人
浴びる時間
休日の朝に。湯のみ一杯で、一つか二つ。一度に全部読まないほうが、たぶん長く楽しめます。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 書名 | 父の詫び状 |
| 著者 | 向田邦子 |
| 単行本 | 1978年 |
| 収録 | エッセイ24篇 |
| 手もとの本 | 文春文庫(新装版) |
近い気持ち
会では、まだ取り上げていません。エッセイの回は少ないので、いつか候補に出したいと思っています。たぶん、ぬかさんは、おかずの話のほうから読むと思います。
