先に言っておく。このドラマで小生がいちばん笑ったのは、いちばん痛いところを突かれた場面であった。
十二年前の冬に放送された、全十一話の連続ドラマである。はるまきが、二年前のしずく通信の「冬の選書」に入れていた。小生が会に加わる前の号だ。夫婦げんかの応酬に洗い物の手が止まる、とだけ書いてあった。その短い紹介が、妙に舌に残っていた。年が明けて、ようやく第1話を再生した。
夫婦の間取り
舞台は中目黒。川沿いの古い家に、濱崎光生という男が住んでいる。潔癖で、理屈っぽく、他人の小さな無作法をいちいち数えている男だ。妻の結夏は、その正反対。大ざっぱで、よく笑い、よく怒る。
二人は、あの大きな地震の日の帰り道に出会い、そのまま一緒になった。そして物語が始まる時点で、もう噛み合わなくなっている。離婚は成立する。ところが、二人は同じ家から出ていかない。
そこへ、光生の学生時代の恋人、灯里が現れる。灯里のそばには諒という男がいて、こちらの二人もまた、見た目ほど穏やかではない。二組の男女が、少しずつずれた糸で結ばれていくのである。
辛さは、飲みこんだあとに来る
脚本が、とにかく口の悪い人間を書く。光生のぼやきは長い。一度始まると止まらない。食べ方、置き方、言い方。そのすべてに文句がつく。結夏も黙っていない。倍の速さで言い返す。
小生は第1話で三度吹き出した。三度とも、光生が正論を言っている最中であった。正論なのに、可笑しい。可笑しいのに、どこか身に覚えがある。
笑っているうちに、ぴりっとしたものが舌に残る。光生の文句は、たいてい正しい。結夏の言い返しも、たいてい正しい。正しい者どうしが、正しさをぶつけ合う。すると、夫婦が壊れる。この辛さは、口に入れてすぐ来る唐辛子ではない。飲みこんでから、胃のあたりでじわじわ効いてくる山椒のようなものなのだ。
言い合いの中身が変わる
回が進むにつれて、言い合いの中身が少しずつ変わっていく。最初は食器の置き方の話だった。それが、いつのまにか、なぜ一緒になったのか、の話になる。さらに進むと、なぜ別れたのか、の話になる。
小生が見事だと思ったのは、どの回でも悪者を一人に決めさせないところである。光生を責めたくなった回のあとには、光生の側から見た景色が来る。結夏に呆れた回のあとには、結夏が一人で抱えていたものが来る。灯里と諒についても同じだ。視聴者は毎週、誰かの味方をしては、翌週に裏切られる。来週まで待てない、とはこういうことである。
最終話で、小生は黙った。何が起きるかは書かない。笑うつもりで再生を押し、黙って停止を押した。それだけ書いておく。
失恋した夜の、次の夜に
別れたばかりの夜に、自分ばかりが悪かったと思っている人がいる。逆に、相手ばかりが悪かったと思っている人もいる。どちらの人にも、このドラマは効く。悪者を決めたい気持ちを、笑いでほどいてくれるからだ。
ただし、別れたその晩に観るのはすすめない。台詞の応酬が速すぎて、まだ生傷のところに唐辛子を塗ることになる。二日目か三日目の夜がよい。泣くのには少し飽きて、何か食べようかと思えてきた頃である。
浴びてほしい人
- 言えなかった不満を、まだ胸の中で転がしている人
- 別れた理由を、一つに決めてしまいたくなっている人
- 坂元裕二の会話劇を、映画から知った人。この人の台詞の辛さは、連続ドラマで一話ずつ浴びるとさらに効く
いつ浴びるか
冬の、ひとりの週末に。一晩に一話か二話で止める。一気に観ると、光生のぼやきが自分の声で聞こえてくる。窓の外が寒いほど、二人の家の散らかり具合が温かく見える。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 最高の離婚 |
| 放送 | 2013年1月〜3月(フジテレビ・木曜劇場) |
| 話数 | 全11話(2014年2月にスペシャルが1話) |
| 脚本 | 坂元裕二 |
| 出演 | 瑛太、尾野真千子、真木よう子、綾野剛 ほか |
| 主題歌 | 桑田佳祐「Yin Yang」 |
近い気持ち
- 笑いたい……正論なのに可笑しい、光生のぼやき
- 切なくなりたい……言い合いが、なぜ別れたのかの話になる頃
- やり直したくなりたい……最終話を観たあとの、あの黙り方
会ではまだ取り上げていない。観終えたことをはるまきに伝えたら、洗い物の手が止まったでしょう、と返ってきた。小生の場合、止まったのは箸である。
