この気持ちについて
静まりたいときの心は、ざわついています。頭の中でいくつもの考えが同時に鳴り、どれも途中のまま止まらない。そんなときに求めているのは、何かを感じることより、感じすぎている状態から離れることです。
この気持ちの感情浴は、ほかの気持ちとは少し向きが逆です。心を大きく動かすのではなく、揺れている水面が少しずつ凪いでいくのを待ちます。作品には、起伏が小さく、ひとつの音や景色に長くとどまるものが向いています。
宮下奈都の小説『羊と鋼の森』は、ピアノの調律師を目指す青年が、音と静けさの境目に耳を澄ませていく物語で、読んでいるこちらの呼吸までゆっくりになります。漆原友紀の漫画『蟲師』は、山や川の気配の中を旅する話が淡々と続き、ページの余白に森の静けさがあります。音楽では、バッハの『無伴奏チェロ組曲』のように、一本の楽器だけで長い時間を満たす曲が、散らばった考えをひとつの線に集めてくれます。
静まる感情浴には、画面の明るさや音量を少し下げておくことをおすすめします。作品の外側も、作品と同じくらい静かにしておくと効き目が違います。
静まりたいときの作品
この気持ちで記録された11作品です。しずくの数は、心が動いた大きさの目安で、作品の出来を採点したものではありません。

頁の上で、ピアノが鳴っていました 恩田陸『蜜蜂と遠雷』
頁をめくる指がふるえた

目を閉じたまま乗る、夜の汽車 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』を朗読で聴く
耳の奥に汽車の音が残りました

雨戸を閉めて、耳で読む怪談 小泉八雲『怪談』(朗読で聴く)
耳の奥がひやりとした

同じ朝は、一度も来なかった ヴィム・ヴェンダース監督『PERFECT DAYS』
翌朝、空を見上げた

紺から灰色へ。始発の窓で聴き終えた一枚 宇多田ヒカル『BADモード』
窓の色が変わるまで聴いた

湯屋の配管を、ずっと目で追っていた 宮崎駿監督『千と千尋の神隠し』
電車の場面で肩が下りた

題名は、日付だけ 坂本龍一『12』
信号をひとつ見送った

草むらの向こうから、友の声がする 中島敦『山月記』(朗読で聴く)
夜明けの場面で息をのんだ

窓の外を見ている人の、窓のこと 星野源『いのちの車窓から』
窓の外を見たくなった

障子の向こうから聞こえてくるような、十の夢 夏目漱石『夢十夜』を耳で読む
耳の奥がひやりとしました

走らない人が読んでも、夜道が少し長くなる 村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』
散歩の道が少し伸びた
この気持ちになれる場面
静まりたい作品が、どんな時によく浸かられているか。場面ごとに、作品と特集を束ねています。
近くにある気持ち
静まりたい気持ちのとなりにある言葉です。少し違う角度から浸かりたいときに。