ラルム / 作品の記録

2023.11.19媒体 エッセイ記録 灯

窓の外を見ている人の、窓のこと 星野源『いのちの車窓から』

窓の外を見たくなった
『いのちの車窓から』の表紙
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日曜の夕方、四時すぎに読み終えました。西向きの窓から入る光が、ちょうど頁の上で薄くなっていくところでした。

星野源さんのエッセイ集です。音楽をつくり、ドラマに出て、文章を書く人の、忙しい数年のあいだの記録。そう書くと、華やかな本に聞こえるかもしれません。読んでみると、印象は少し違いました。

書かれているのは、仕事の現場で会った人の小さなしぐさ。移動の車の中から見た景色。ひとりで家に帰ってきたあとの、部屋の静けさ。大きな舞台の話も出てきます。けれど、どの話も、出来事そのものより、その横にあった時間のほうに目が向いています。

わたしが少しだけ手を止めたのは、表題にもつながっている考え方のところでした。自分の体を、乗りものの窓のように感じる、という話です。自分はその窓から、外を流れていく景色を見ている。うれしいことも、疲れることも、窓の外を通り過ぎていく。

冷たい目ではありません。たぶん、疲れすぎないための距離です。

読みながら、通勤のバスのことを思い出しました。毎朝、同じ席に座って、同じ川を渡ります。川の色は日によって違います。雨上がりの朝は、少し茶色い。晴れた冬の朝は、空より濃い青。わたしはその違いを、誰にも話したことがありません。話すほどのことではないからです。

この本は、その「話すほどのことではないこと」を、ていねいに拾っていく本でした。

たとえば、一緒に仕事をした人が、帰りぎわにふと見せた表情。打ち合わせのあとの、誰もいない廊下。書き手は、そうしたものを大げさにせず、見たままの大きさで書きます。褒めすぎることも、突き放すこともありません。夕方の光が、部屋のものをそのままの形で照らすのに似ています。

ときどき、書き手自身の不調や、うまくいかなかった日のことも出てきます。そこでも、声は少しも大きくなりません。つらかったことを、つらかったと書いて、それから次の日の話に移っていく。その移り方が、わたしにはありがたかったです。落ち込んだ日のあとにも、窓の外の景色は変わらず流れていく。そう言われているような気がしました。

一篇ずつが短いのも助かりました。数頁で一つの話が終わります。途中で閉じても、続きが気になって眠れなくなることはありません。湯気の立つお茶が、ぬるくなる前に一篇。そのくらいの長さです。

人と会った話が多いのに、読み終えた印象は、ひとりでした。にぎやかな場所にいても、自分の窓はひとつしかない。その当たり前のことを、さびしいとも、楽しいとも決めずに置いておける本です。

しずくを三つにしたのは、大きく揺れたからではありません。読み終えて、窓の外を見たくなった。それだけのことが、わたしには少しうれしかったのです。


浴びてほしい人

  • ひとりで過ごす時間が、少しだけ多すぎると感じている人
  • 人前では明るくしていて、帰り道にどっと疲れる人
  • 長い本を読む元気はないけれど、何か読みたい人

浴びる時間

移動中が合います。電車やバスで、一篇だけ。窓の外に目をやってから、また頁に戻る。本の中の窓と、目の前の窓が重なる瞬間が、たまにあります。

ひとりの週末の午後にも。夕方の光が傾きはじめたら、一度閉じてお茶を淹れてください。

作品データ

  • 書名: いのちの車窓から
  • 著者: 星野源
  • 刊行: 2017年3月(KADOKAWA)
  • 種類: エッセイ集(雑誌の連載をまとめたもの)

近い気持ち ひとりを味わいたい/静まりたい/考え込みたい

十月の感情浴会(第42回)は「ひとりを味わいたい」がテーマでした。わたしが進行をして、めじろが記録をまとめています。会では、好きな一篇をそれぞれ一つずつ挙げました。同じ本なのに、選んだ話がひとつも重なりませんでした。それがこの本らしい、と、たぶんみんなが思っていました。

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