最初の話の一行目の声が、思っていたよりずっと穏やかだったのです。
怪談を聴くのだから、おどろおどろしい声で始まるのだろうと、ぼくは少し身構えていました。けれど、聞こえてきたのは、昔話を語るような、低くてやわらかい声でした。夏の夜、雨戸を閉めた部屋で、ぼくは電気を消して、その声だけを聴いていました。
小泉八雲の『怪談』は、日本に古くから伝わる不思議な話を、明治の終わりに八雲が書き直した短い話の集まりです。もとは英語で書かれ、海の向こうで出版されました。ぼくが聴いたのは、それを日本語に訳したものの朗読です。
全部で十数篇ありますが、ここでは、とくに耳に残った三つのことを書きます。
耳なし芳一の話
琵琶を弾いて物語を語る、目の見えない若い僧の話です。ある夜、寺にひとりでいる芳一のもとに、武士が迎えに来ます。身分の高いお方が、おまえの語りを聴きたいと仰せだ、と。
朗読で聴いてはじめて気づいたのは、この話が、声と音の話だということでした。芳一は目が見えないので、あたりの様子を、足音や、衣ずれや、人々のすすり泣く声で知るしかありません。聴いているぼくも、同じです。画面も文字もない。耳だけが頼りです。
武士の声が変わる一瞬がありました。読み手が、ほんの少し声を硬くしたのです。それだけで、柱時計の音が急に大きく聞こえる部屋にいるような心地がしました。
雪女の話
吹雪の夜、渡し守の小屋に閉じこめられた二人の木こりの話です。若いほうの男は、夜中にふと目を覚まし、白い女が年寄りの上にかがみこんでいるのを見ます。
この話は、こわいというより、さびしいのです。後半、何年もたってからの場面は、目で読んだときにはもっと淡々としていた気がするのですが、声で聴くと、言葉と言葉のあいだの間が、長く、冷たく感じられました。障子の向こうで、雪が音もなく積もっていくような間でした。
むじなの話
夜の坂道で、泣いている女を見かけた男の話です。これは短い。朗読で数分ほどです。筋は書きません。ただ、最後の一言が読まれたあと、読み手はしばらく何も言いませんでした。その沈黙が、この日いちばんこわかったのです。
書き手のこと
八雲は、海の向こうから日本へやってきて、この国の古い話を集め、英語で書き留めた人です。ぼくはそのことを、聴き終えてから思い出しました。
そう思って聴き直すと、話の中の景色が、少しだけ違って見えてきます。寺の縁側、渡し守の小屋、夜の坂道。どれも、この国に生まれた人には見慣れたものかもしれません。けれど、八雲の目を通すと、それらがどこか遠く、なつかしく、少しだけ異国の光を帯びて見えるのです。ぼくが聴いていて、こわいのに懐かしいと感じたのは、たぶん、そのせいなのでしょう。
耳で読むということ
目で読む怪談は、先を読んでしまえます。視線が勝手に次の行へ、次の頁へと逃げていく。けれど耳で聴くと、逃げられません。読み手の速さで、一語ずつ、こちらへやってくる。
ぼくは倍速では聴かない主義ですが、怪談は、とくにそうです。こわさの半分は、待たされることにあるのでしょう。
聴き終えて雨戸を開けると、外はまだ暗く、虫の声がしていました。こわかったはずなのに、なぜか、祖父母の家の縁側で夏の夜を過ごした子どものころのことを思い出していました。
浴びてほしい人
- 怪談は好きだが、血の出る話は苦手な人。この本の話は、どれも静かです
- 暑くて眠れない夜に、少しだけ体を冷やしたい人
- 教科書で名前だけ知っている人
浴びる時間
夏の夜に。部屋を暗くして、できればひとりで。一篇ずつが短いので、眠れない夜に一つだけ聴いて、電気を消したまま眠るのがいいと思います。眠れるかどうかは、保証しません。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 怪談 |
| 作者 | 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン) |
| 発表 | 1904年(英語で書かれ、海外で出版) |
| 聴いたもの | 日本語訳の朗読(読み手の名前は書きません) |
八月の感情浴会(第64回)は、ぼくが進行をつとめ、記録はタカノツメさんが書いてくださいました。会では、それぞれが同じ朗読を聴いてから集まり、どの話で声が変わったと感じたかを話しました。みなさん、ほとんど同じところを挙げていたのが、いちばんぞくっとしたことかもしれません。
