上映時間は二時間とすこし。そのあいだに、朝が何回来たか数えようとした。途中でやめた。
主人公は平山という男だ。東京で、公衆トイレの清掃の仕事をしている。一人で暮らしている。映画は、この男の毎日を、ほとんどそのまま映していく。
骨組み
朝は、外で誰かが道を掃く音で目が覚める。布団をたたむ。小さな鉢に水をやる。玄関を出て、まず空を見上げる。自販機で缶コーヒーを一本買う。仕事の車に乗って、カセットテープを入れる。
要するに、毎朝同じ手順だ。歯車が同じ順番で噛み合っていく。
仕事は丁寧だ。便器の縁の裏を、小さな鏡で確かめてから磨く。誰も見ていない。誰も褒めない。それでも手を抜かない。昼は木の多い場所のベンチで、同じサンドイッチを食べる。そして、見上げた木の葉のすき間から落ちる光を、古いフィルムのカメラで一枚撮る。
夜は銭湯に行き、地下の小さな店で一杯飲み、帰って布団で文庫本を数頁読む。眠る。夢の場面は白黒で、昼に見た光の揺れのようなものが映る。
これが繰り返される。
同じではない
だが、同じ日は一日もない。ここがこの映画の骨組みの肝だ。
画面の端に、毎回ちがうものが映っている。若い同僚が遅刻してくる日がある。知らない誰かと、トイレに置かれた紙切れで遊びのようなやりとりが始まる日がある。長く会っていなかった姪が、突然部屋に転がり込んでくる日がある。
平山は、どれにも大きく反応しない。口数が少ない。それでも、顔には少しずつ違う表情が出る。役所広司が演じるその顔を、カメラは長く、近くで撮る。僕はその顔を見ているうちに、自分の毎日の手順のことを考えていた。
僕は交代勤務だ。出る時間が週ごとに変わる。同じ毎日など、ないと思っていた。けれど、手順だけ見れば、ほとんど同じだ。起きる。着替える。缶コーヒーを買う。その同じ手順の中で、今日の空の色を見たかどうか。違いはそこにしかないし、それで十分なのかもしれない。
一つ、忘れられない場面がある。姪と二人で、自転車を並べて川沿いを走る場面だ。平山は、姪に何かを教えようとしない。説教もしない。先のことはあとでいい、今は今のことを、という意味のことを、短く言うだけだ。その言葉のあと、二人は黙って走る。画面の端に、川の水面の光が流れていく。
僕はこの場面で、平山という男の骨組みが少し見えた気がした。過去に何があったのかは、映画ははっきり言わない。ただ、何かを置いてきた人間の、今日一日の組み立て方。その組み立て方の丁寧さが、そのまま、この男の生き方なのだと思う。
静まる理由
この映画で泣く人もいる。僕は泣かなかった。代わりに、見終えて映画館を出たとき、耳のまわりが静かになっていた。
大きな音が一度も鳴らない映画だ。鳴るのは、カセットテープから流れる古い音楽と、道を掃く音と、木の葉の音。その音量のまま、二時間を過ごす。すると、外の音が少しだけ大きく聞こえるようになる。
翌朝、玄関を出て空を見上げた。平山のまねだ。曇っていた。それでも見上げた。
誰に
- 毎日が同じことの繰り返しに思えて、疲れている人
- 人とうまく話せなかった日の夜に、誰とも話さなくていい時間がほしい人
- 大きな展開がないと退屈する人には、たぶん向かない。正直に書いておく
いつ
仕事で疲れた日の夜より、休みの朝がいい。朝に観て、そのまま外へ出る。平山と同じ順番で、空を見上げてから歩き出してほしい。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | PERFECT DAYS |
| 監督 | ヴィム・ヴェンダース |
| 脚本 | ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬 |
| 出演 | 役所広司 ほか |
| 公開 | 2023年12月(日本) |
| 上映時間 | 約124分 |
近い気持ち
五月の感情浴会(第49回)で取り上げた。進行は僕、記録はこはぜ。会で「平山の手順のうち一つだけまねるなら何か」と聞いたら、半分が空を見上げる、と答えた。残りは文庫本だった。
