(草餅)四時半の窓の外が、もう夕焼け色を通りこして紺色になっている。そのコマから、この特集を始めたい。
うちは冬が苦手だ。日が暮れるのが早いと、それだけで一日を損した気がする。だから今年の冬の特集の選書を任されたとき、少し迷った。でも話し合いを始めてみたら、冬が好きな人の話がとても面白かった。寒いからこそ、部屋の中の温かさが分かる。暗いからこそ、静けさが深くなる。そう言われて、そうなんだ、と思った。
候補は十一人から四十近く。冬の感情浴には二つの方向がある、という話になって、温まる話と、静まる話を中心に束ねた。そこに、冬の厳しさに心がふるえる話と、長い夜のための少し怖い話を足している。年の瀬に一年を振り返るのにも使ってもらえたらうれしい。
心まで、温まりたい
寒い日に、湯たんぽみたいに抱えていたい三つ。
(めじろ)下の子は、動物が一ぴき増えるたびに、てぶくろのふくらみを指でなぞります。
雪の森で、おじいさんが片方のてぶくろを落としていく。そこにねずみが住みつき、かえるが来て、うさぎが来て、きつね、おおかみ、いのしし、とうとうくままで、次々に仲間に入れてほしいとやってくるんだなあ。てぶくろには、いつのまにか小さな窓や、はしごまでついている。
どう考えても入りきらないのに、誰も断らない。その、ぎゅうぎゅうの温かさが、冬の布団の中みたいで、あたしは大好きです。雪の降る夜に、大人がひとりで読み返しても、ちゃんと温まります。
(草餅)将棋盤の前で背中を丸めた少年の、小さなコマ。まわりに、何も描かれていない。
幼いころに家族を亡くし、中学生でプロの棋士になった十七歳の少年が、ひとりで暮らしている。勝っても負けても、部屋は静かなまま。そんな彼を、川沿いの町に住む三人のきょうだいが、ごはんに呼んでくれるようになる。
こたつがあって、猫がいて、湯気の立つおかずが並ぶ。うちはこの家の場面の見開きで、毎回ページを閉じてしまう……。冷えきった部屋から温かい台所へ、少しずつ居場所ができていく話なんだ。冬の夜に、一巻からどうぞ。
(ぬか)豚汁が恋しくなる季節になりました。この漫画を開くと、その気持ちがいっそう強くなるのでありました。
真夜中から朝まで開いている、路地裏の小さな食堂のお話です。献立は豚汁定食だけ。けれど、客が頼めば、できるものなら何でも作ってくれる。一話ごとに、赤いウインナーや、卵焼きや、ねこまんまといった料理が一品出てきて、それにまつわる客の人生がひとつ語られます。
寒い夜にひとりで帰ってきて、こういう店があったらいいのにと思うこと、ありませんか。わたくしはこの漫画を、その代わりに開いています。一話が短いので、湯気が消える前に読み終えます。
誰かに、会いたくなりたい
年の瀬が近づくと、しばらく会っていない人の顔が浮かんできます。その気持ちを、そっと後押しする二つです。
(凪)クリスマスの夜、ごみの山の中から赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。見つけたのは、行き場をなくして路上で暮らしている三人で、中年の男と、元はドラァグクイーンだった人と、家出した女の子。三人とも、自分のことで手いっぱいのはずなのに、その赤ちゃんを親のもとへ返そうと、雪の東京を走り回るんです。
偶然が偶然を呼んで、ありえないくらい話が転がっていくので、最初は笑いながら観ていたんですが、三人それぞれが置いてきた家族のことが少しずつ見えてくると、自分の喉のあたりがぐっと詰まってきました。
何回観ても、最後の場面で、会いたい人に会いに行かなきゃ、と体のほうが先に思うんです。年末の、少し寂しい夜に観てほしい作品です。
(はるまき)子どもにクリスマスの飾りつけを任せて、その横で洗濯物をたたみながら観ました。
クリスマスまでの数週間のロンドンで、十組くらいの人たちの、恋やら片思いやら家族のあれこれが、同時に進んでいく映画です。首相がいたり、作家がいたり、落ち目の歌手がいたり、小学生がいたり。話が多いのに、ちっとも散らからないんですよね。
いや、ほんとに、玄関先で、言葉を書いた紙を一枚ずつめくっていく場面が好きです。声に出せない気持ちって、ああやって渡すこともできるんだなって。観終わったら、年賀状を一枚だけ、手書きで足したくなっちゃいました。
冬の静けさに、深く静まりたい
音の少ない季節に、そのまま沈んでいくための二つです。
(灯)今年いちばんの冷えこみの夜に、読み終えました。
雪深い温泉町へ、都会から男がくり返し訪ねてきます。そこで芸者をしている女と、もうひとり、不思議な声を持つ若い娘。三人のあいだに、大きな出来事はあまり起きません。雪と、湯気と、汽車の窓に映る景色が、ずっと続いていきます。
文が、とても静かです。読んでいると、まわりの音が少しずつ吸いこまれていく感じがします。たぶん、雪が降る夜の音の消え方に似ています。
有名な書き出しだけを知っている人も多いと思います。冬の夜に、最後まで読んでみてください。
(栞)ストーブの小さな音と、ピアノの和音が、同じ温度で聞こえた夜がありました。
子ども向けのクリスマスのテレビアニメのために作られた、ピアノのトリオのアルバムです。けれど、にぎやかなお祝いの音楽ではありません。ピアノの和音がやわらかくにじんで、子どもたちの合唱が、少し寂しそうに重なる曲もあります。
年の瀬の、みんなが浮き立っている時期に、なんとなく一人で取り残されたような気持ちになる夜があります。そういう夜に、この一枚は、寂しさをそのまま温かい水のように包んでくれる気がします。アルバムを最初から、通して聴いてください。曲の順番まで、よくできています。
寒さの中で、心をふるわせたい
厳しい冬を、一歩ずつ越えていく人たちの二つです。
ゲーム・2018年
『Celeste』
(ヤギ)指がかじかんでいるみたいに、ボタンを押すタイミングがずれた。何度も落ちた。
雪の山を、ひとりの女の子が頂上まで登る。それだけのゲームだ。一画面ごとに、跳んで、壁をつかんで、空中でもう一回だけ飛び出す。落ちたら、その画面の最初からやり直し。俺は、ある章だけで数百回落ちた。
でも、このゲームの山は、ただの壁じゃない。登っている途中で、女の子は自分の中にいる、もう一人の自分と向き合うことになる。不安や、自分を責める声と。
険しい坂を、一歩ずつ。頂上が見えたとき、手が止まった。難しさの話で終わらせたくないゲームだ。冬の、長い夜に。
(タカノツメ)冬のドラマの横綱は、これである。異論は受けつけるが、小生は動かない。
東京での暮らしに行き詰まった父親が、二人の子どもを連れて、北海道の山あいの、電気も水道もない古い家へ移り住む。冬は零下の世界である。都会育ちの子どもたちは、不満を言い、泣き、それでも少しずつ、この土地で生きる手ざわりを覚えていくのだ。
脚本が、とにかく容赦しない。寒さも、貧しさも、親子のすれ違いも、あとからじわじわ効いてくる辛さで描く。そのぶん、ほんの小さな温もりが、しびれるほど沁みる。連続ドラマの本編は二十四話。年末年始の長い休みに、一話ずつ味わってほしい。
長い夜に、少しだけぞくっとしたい
冬の夜は長い。その暗さを、あえて楽しみたい人のための二つです。
(ロク)雪原に、車が一台。それが最初の画面だ。九十八分のうち、半分くらいは雪の白だ。
借金に困った車の販売員が、妻の狂言誘拐を二人組の男に頼む。当然のように、計画は少しずつ狂っていく。それを追うのが、身重の女性警察署長。彼女だけが、落ち着いていて、よく食べる。
要するに、白い雪原に血が一滴落ちたときの、その目立ち方の映画だ。画面の端まで、雪しかない。だから小さな出来事が全部見えてしまう。可笑しさと怖さが、同じ配線でつながっている。
外が冷えている夜ほど、効く。
(こはぜ)一声目がしわがれた老人の声で、その冷たさに、ぼくは思わず肩をすくめたのです。
けちで冷たい老商人のもとに、クリスマスの前の晩、七年前に死んだ仕事仲間の亡霊が、重い鎖を引きずって現れる。そして、過去、現在、未来のクリスマスを見せる三人の精霊が、一人ずつ彼を訪ねてくる。
子どもの本の印象が強い物語ですが、耳で聴くと、真夜中の古い家の柱時計の音や、暗い廊下の冷たさが、じわじわと迫ってきます。そして、怖さのあとに、ちゃんと温かさが来る。年の瀬に一年を振り返るのに、これほど向いた物語は少ないのではないでしょうか。
この特集の使い方
(草餅)話し合いの最後に、冬が好きな人たちに、どうしてそんなに好きなのかを聞いてみた。
ある人は、寒い日に温かい場面を観ると、温かさが倍になるからだと言った。ある人は、冬は音が少ないから、作品の音がよく聴こえるのだと言った。うちには、どちらも少し分かった気がする。
温まりたい夜と、静まりたい夜は、たぶん交互に来る。だから、この特集は一度に全部ではなく、冬のあいだに少しずつ使ってほしい。
場面「冬」のページには、この特集に入れなかった作品の記録も並んでいます。気持ちの辞典の「優しくなりたい」「静まりたい」「誰かに会いたくなりたい」からも、近い作品を探せます。










