この気持ちについて
泣きたいのに泣けない、という日があります。悲しいことがあったわけでもないのに、胸のあたりに何かがつかえて、息が浅くなっている。そんなときに求めているのは、悲しみそのものより、涙が出たあとの軽さなのだと思います。
感情浴で「泣きたい」を選ぶときは、作品の中の誰かの涙を借りることになります。自分の出来事では泣けなくても、ページや画面の向こうの別れや再会には、不思議と素直に涙が出る。借りた涙でも、流れたあとには自分の中にたまっていたものも一緒に出ていきます。
この気持ちを連れてきやすいのは、長い時間をかけて積み上げたものが、最後に一度だけ報われる作品です。アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のように一話ごとに誰かの思いが届く連作、高畑勲監督の映画『火垂るの墓』のように見終えてしばらく言葉が出なくなるもの、佐野洋子の絵本『100万回生きたねこ』のように短い中に一生が詰まったもの。媒体や長さよりも、途中で止めずに最後まで浴びられる時間を用意することが、いちばんの準備です。
泣きたいときの作品
この気持ちで記録された13作品です。しずくの数は、心が動いた大きさの目安で、作品の出来を採点したものではありません。
この気持ちになれる場面
泣きたい作品が、どんな時によく浸かられているか。場面ごとに、作品と特集を束ねています。
近くにある気持ち
泣きたい気持ちのとなりにある言葉です。少し違う角度から浸かりたいときに。





