明け方の渋谷の街を、八虎が青い絵の具で塗っていく場面から話させてください。
夜通し友だちと遊んだ帰り、まだ人の少ない街の景色が、なぜかいつもと違って、青っぽく見えたんです。八虎はそれをうまく言葉にできないまま、美術の授業の課題で、その朝の渋谷を描いてみる。上手いかどうかでいえば、たぶん上手くはない。でも友だちがその絵を見て、何かが伝わったような顔をする。そこで八虎は、生まれて初めて、自分の中にあったものが、他人の中にちゃんと届いたと感じるんです。
ここ、本当に、何回読んでも喉の奥がぎゅっとなります。
器用な人の、初めての本気
『ブルーピリオド』の主人公、矢口八虎は高校二年生です。成績はいいし、友だちも多いし、夜遊びもそつなくこなす。周りから見れば何も困っていない側の人間で、本人もそう振る舞っているんですが、何をやっても手応えがない。その空っぽさを、誰にも言えないまま器用に生きてきた。
そんな八虎が、美術室で先輩の描いた一枚の絵に足を止めて、それからあの青い渋谷の朝があって、絵を描くことにのめりこんでいきます。そして、倍率がとんでもなく高い美術大学を目指すと決める。
自分がこの漫画で背中が熱くなるのは、八虎が「好き」を見つけた瞬間より、そのあとの、好きなことで打ちのめされ続ける時間のほうなんです。予備校に通い始めると、周りには自分よりずっと上手い人が当たり前のようにいる。描いても描いても足りない。器用さで何とかしてきた人が、初めて器用さの通じない場所に立たされて、それでも筆を置かない。
受験の前の数か月を描いた巻は、スポーツ漫画の最後の大会みたいな熱さがあって、読んでいて息が浅くなりました。上手くいかない日の絵、うまくいきかけた日の絵、描けなくて何もできなかった日のこと。その全部が、最後の一周を走るための足の筋肉みたいに積み上がっていく感じなんです。
周りの人たち
八虎の周りにいる人たちも、みんなそれぞれ、自分の「好き」と戦っています。
同じ美術部で、自分らしい服を着て、自分らしい名前で呼ばれたいユカちゃんこと鮎川龍二。天才肌で、人付き合いが極端に不器用な高橋世田介。八虎とは違うやり方で、でも同じくらい必死に、自分の場所を探している。自分はユカちゃんの話で一度、本を閉じて天井を見ました。詳しくは書きませんが、好きなものを好きでいることの重さが、あそこにはまっすぐ描かれています。
誰に浴びてほしいか
- 何でもそこそこできるのに、何かが足りないと感じている人
- 試験や選考の前で、自分より上手い人ばかりが目に入る人
- 昔、本気でやろうとして、途中でやめてしまったことがある人。この漫画を読むと、たぶんもう一回、鉛筆を削りたくなります
いつ浴びるか
試験や大事な締め切りの前の夜に、一巻だけ読むのがいいと思います。全部読むと止まらなくなるので、本当に一巻だけ。八虎が最初の一枚を描き終えるところまでで十分、背中を押されます。
春、新しい場所で何かを始めたばかりのころにも向いています。周りが全員すごく見える時期に、この漫画の八虎は、たぶんいちばんの味方になってくれます。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | ブルーピリオド |
| 作者 | 山口つばさ |
| 媒体 | 漫画 |
| 連載 | 講談社「月刊アフタヌーン」(2017年〜) |
| そのほか | 連載中 |
近い気持ち
四月の感情浴会(第12回)で、灯の進行で取り上げました。記録は自分が書いています。あの回のあと、ヤギが久しぶりにスケッチブックを買ったと言っていて、それが自分にはいちばんうれしかったです。
(記録:凪)
