子どもたちを寝かしつけて、居間の床に乾いた洗濯物の山を広げて、たたみながら観はじめたんです。最初の十五分で、もう手が止まっていました。
二人のこと
主人公は二人です。
藤沢さんは、月に一度、自分でもどうにもならないくらいいらいらしてしまう。前の職場では、それでうまくいかなくなって、辞めています。山添くんは、ある日突然、電車に乗れなくなった。息ができなくなる発作があって、それからは遠くへ出かけることも、前の仕事に戻ることもあきらめかけている。
そんな二人が、同じ小さな会社で働いています。子ども向けの理科の道具を作ったり、移動式のプラネタリウムを持って出かけたりする会社です。社長も、ほかの社員さんたちも、なんだかのんびりしている。
最初、二人はぜんぜん仲良くありません。藤沢さんがいらいらを爆発させて、山添くんがそれを冷ややかに見ている。いや、ほんとに、最初の出会いはひどいんですよ。でもある日、藤沢さんは、山添くんも自分と同じように、体と心の中の「どうにもならないもの」を抱えていると知るんです。
心が動いたところ
はるまきが洗濯物をたたむ手を止めたのは、藤沢さんが山添くんの部屋で、いきなり彼の髪を切りはじめる場面でした。床屋に行くのもしんどい山添くんを見て、藤沢さんは、それなら自分が切ると言い出すんです。はさみを持って、ざくざくと。
これがね、恋愛の場面じゃないんです。二人は最後まで、いわゆる恋人にはならない。ならないのに、相手の困りごとに、こんなに素直に手を出せる。はるまきはそこで、なんだか泣き笑いみたいな顔になってしまいました。
あとから思い出すのは、自転車の場面です。電車に乗れない山添くんが、自転車に乗って、長い道をひとりで走っていく。夕方の光の中で、ただペダルをこいでいる。それだけの場面なのに、ことこと煮込んだスープの最後のひと煮立ちみたいに、胸があたたまりました。
大きな事件は起きない
この映画には、悪い人が出てきません。誰かが誰かを救う、という大きな話でもありません。ただ、しんどさを抱えた人たちが、ちょっとずつ持ち寄って、ちょっとずつ助け合っている。会社の人たちも、それぞれに何かを抱えているのが、あとから少しずつ見えてきます。社長さんがときどき、仕事終わりにどこかへ出かけていく。その行き先が分かったとき、はるまきは、この会社の空気のやさしさの理由が、少し分かった気がしました。
それから、職場の場面が、ほんとうにいいんですよ。お昼休みに、みんなでなんとなく同じ机でお弁当を広げる。誰かが体調を崩して早退しても、誰も責めない。仕事の量は、できる人ができるぶんだけ。こういう職場、現実にはなかなかないのかもしれません。でも、なかなかないからこそ、観ているあいだだけでも、そこで働いている気分になれる。はるまきは、ちょっとだけ転職したくなりました。家でできる仕事なので、転職先はないんですけどね。
最後に、会社のプラネタリウムの催しがあります。どんな催しかは、観てのお楽しみ。夜と、夜明けの話です。はるまきは、観終わってから、ベランダに出て空を見ちゃいました。
浴びてほしい人
- 自分の体や心のことで、周りに迷惑をかけていると思ってしまう人
- 職場の人間関係に、ちょっと疲れている人
- 大きな感動より、小さなあたたかさがほしい人
いつ浴びるか
仕事で疲れた日の夜に。家事の途中でも大丈夫です。はるまきみたいに、途中で手が止まるかもしれませんけど。秋の夜の、少し長くなってきた時間にちょうどいい長さです。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 夜明けのすべて |
| 監督 | 三宅唱 |
| 原作 | 瀬尾まいこの小説 |
| 出演 | 松村北斗、上白石萌音 ほか |
| 公開 | 2024年2月 |
| 上映時間 | 約119分 |
近い気持ち
十月の感情浴会(第54回)で取り上げた作品です。進行はロク、記録ははるまき。会のあと、何人かが「職場の誰かに、ちょっとだけ優しくしてみる」と言っていて、それがなんだか一番の感想だった気がします。
