正月休みの最後の夜、九時すぎに読み終えました。ほうじ茶はとうに冷めていて、湯のみの底に、茶葉が少しだけ沈んでいました。
厚い本です。読みはじめたのは、暮れの二十八日でした。
はじまり
一九八一年。十八歳の理佐は、八歳の妹の律を連れて、家を出ます。母親の恋人との暮らしに、これ以上妹を置いておけないと思ったからです。行くあてはほとんどありません。
たどり着いたのは、山あいの小さな町の、そば屋でした。住みこみの仕事の中身は、店の手伝いと、もうひとつ。そばの実をひく水車小屋にいる、鳥の世話です。
その鳥が、ネネです。ヨウムという種類の、灰色の大きなオウム。人の言葉をまねて、歌をうたい、音楽を聴くのが好きで、水車の石臼の番をしています。
わたしは、この冒頭の数十頁で、たぶん少しだけ息を止めていました。十八歳が、八歳の手を引いて、知らない町に降りる。その心細さが、雨上がりの冷たい空気のように伝わってきたのです。
十年ずつ
物語は、そこから十年ずつ進みます。一九八一年、一九九一年、二〇〇一年、二〇一一年、そして二〇二一年。
そのあいだに、律は大きくなり、理佐は町の人になっていきます。ふたりを助ける大人たちがいます。そば屋の夫婦、絵を描く人、学校の先生。そして、十年が過ぎるたびに、今度はふたりが、誰かを助ける側に回っていく。
律が大きくなっていく様子も、読みどころのひとつです。はじめは姉の後ろに隠れていた八歳の子が、町の人に見守られながら、自分の考えを持ち、自分の道を選んでいく。姉の理佐は、いつも少しだけ心配しながら、それでも手を放していく。その距離の取り方が、夕方の影がのびていくように、ゆっくりと変わっていきます。
大きな事件は、ほとんど起きません。そのかわり、毎日の小さな親切が、少しずつ積み重なっていきます。
ネネのこと
ネネは、四十年のあいだ、ずっとそこにいます。
人間たちが年をとり、町の様子が変わり、誰かが来て、誰かが去っていく。そのあいだも、ネネは水車小屋にいて、音楽に合わせて体をゆらし、覚えた言葉をしゃべります。ときには、ずっと昔に誰かが口にした言葉を、ふいにくり返したりもする。
ネネには、好きな歌があります。誰かが歌ってやると、一緒になって体をゆらし、ときには、ひとりでもくちずさむ。十年がたって、また十年がたって、周りの人の顔ぶれが変わっても、ネネはそのころの歌を覚えている。人間が忘れてしまったことを、鳥だけが覚えている。その場面を読むたびに、わたしは少しだけ胸の奥があたたかくなりました。
わたしは、ネネが出てくる場面になると、頁をめくる速さがゆっくりになりました。ネネは、何も解決しません。ただ、そこにいる。水車が回るように、同じ場所で同じことをくり返している。その変わらなさが、変わっていく人間たちを、たぶん支えているのだと思います。
心が動いたところ
いちばん長く止まったのは、何十年も前に誰かから受けとったやさしさを、別の誰かに手渡す場面でした。誰がどんなふうに、とは書きません。手渡す人は、それを恩返しだとは思っていません。ただ、自分がされたことを、自然にしている。
読み終えて、しばらく本を膝に置いていました。窓の外は暗く、遠くで、最終に近い電車の音がしていました。自分がこれまで受けとってきた、名前も覚えていない人の親切のことを、少しだけ考えました。
浴びてほしい人
- 新しい町や新しい仕事で、心細い思いをしている人
- 人に助けてもらうことに、少し罪悪感がある人
- 長い本を、ゆっくり読む時間がある人
浴びる時間
冬の長い休みに。一日に十年ぶんずつ読むのがいいと思います。五日で読み終わります。年のはじめに読むと、今年は誰かに親切にしよう、と、少しだけ思えます。
作品データ
- 書名: 水車小屋のネネ
- 著者: 津村記久子
- 刊行: 2023年3月(毎日新聞出版)
- 種類: 長編小説
先月の第3回しずく大賞で、小説部門に選ばれた本です。選評はわたしが書くことになりましたが、そこには書ききれなかったことを、ここに残しておきます。票を入れたメンバーの多くが、ネネの声を覚えている、と言っていました。わたしもそうです。
