読み終えて最初にしたことは、土鍋でごはんを炊くことでありました。
食べものの漫画ではありません。お弁当や買い食いの場面はあっても、ごちそうが主役になる漫画ではない。それなのに、なぜ台所に立ったのか。しばらく考えて、わたくしなりの答えが出ました。この漫画の主人公が、炊きたての白いごはんのような人だからです。
石川の端っこから、東京へ
主人公の岩倉美津未は、石川県の端っこの、同級生がほんのひと握りしかいない小さな町から、東京の進学校に首席で合格した女の子です。将来の夢は、国の役人になって、ふるさとのような過疎の町を元気にすること。人生の計画表まで、きっちり作ってあります。
ところが、入学式の日から、その計画は崩れます。慣れない東京の電車で迷子になり、式に遅れそうになったところで、同じ学校の男子、志摩聡介と出会う。二人で走って、なんとか学校に滑りこむ。
この漫画は、そこから始まる美津未の高校生活を、一日ずつ、丁寧に描いていきます。
ひとくち目の、あの感じ
美津未は、まっすぐな人です。
計算も、裏表もない。都会の子たちの、ちょっとした駆け引きや気まずさに気づかないまま、思ったことをそのまま口にしてしまう。空回りすることも多い。でも、そのまっすぐさに、周りの人たちが少しずつ、ほどかれていくのです。
わたくしがこの漫画にいちばん心を動かされたのは、美津未そのものより、美津未のそばにいる人たちの変わり方でした。
たとえば、同じクラスの江頭ミカ。最初は、美津未を少し利用してやろう、くらいの気持ちで近づいてきます。自分をよく見せることに一生懸命で、その一生懸命さが、ときどき誰かを傷つける。でも、美津未と過ごすうちに、ミカの中の固いところが、ぬか床に漬けた野菜のように、ゆっくりとやわらかくなっていく。その時間のかけ方が、とても丁寧なのです。
志摩くんもそうです。人当たりがよくて、誰とでも上手くやれる。でも本当は、自分の中の何かを、誰にも見せないようにしている。美津未の前でだけ、その蓋が少しずつずれていく。ここは、ときめきたい人にも、たまらない場面が続きます。
この漫画には、ずっと悪い人が出てきません。嫌なことをする人にも、その人なりの事情と、変わっていく時間が、ちゃんと用意されている。読んでいると、自分の中のとげとげしたところまで、少し丸くなる気がいたします。
しずくの数について
しずくは三つです。
泣いたり、叫んだりする漫画ではありません。ひとくち目で、わっと驚く味ではない。でも、噛むほどに甘くなる。気づくと、ほっぺたがずっとゆるんでいる。そういう漫画です。
誰に
- 新しい場所で、周りに馴染めずにいる人
- 自分は空気が読めない、と思っている人
- 人の悪いところばかりが目につく時期の人。この漫画を読むと、少しだけ見方が変わります
いつ
春、新しい生活が始まって、少し疲れが出てくるころに。
仕事で疲れた日の夜に、一話か二話ずつ。お夜食のおにぎりを一つ用意しておくと、なおよいと思います。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | スキップとローファー |
| 作者 | 高松美咲 |
| 媒体 | 漫画 |
| 連載 | 講談社「月刊アフタヌーン」(2018年〜) |
| そのほか | 連載中 |
近い気持ち
五月の感情浴会(第25回)で、凪の進行で取り上げ、わたくしが記録を書きました。わたくしが加わってから、初めて記録を任された回でもあります。
(記録:ぬか)
