上映時間は九十五分。そのうち、はっきり何かが画面に映るのは、ほんの数分しかない。
残りの時間、僕らが怖がっているのは、何も映っていない場所だ。
『リング』は、見た者が一週間後に死ぬというビデオテープの話だ。テレビ局で働く浅川玲子は、姪の不審な死を追ううちに、そのテープにたどりつく。そして、自分でも再生してしまう。見終えた直後、部屋の電話が鳴る。
ここから映画は、残りの日数を刻む時計になる。
心が動いた場面
僕がいちばん冷えたのは、呪いのビデオの中身そのものだった。
鏡の前で髪をとかす女。並びが崩れていく新聞の文字。頭に布をかぶった男が、画面の奥を指さしている。そして、古い井戸。
一つ一つに意味はない。説明もない。要するに、壊れた機械が吐き出した部品のような映像だ。
つながらない部品ほど、頭は勝手に組み立てようとする。組み立て図がないまま、夜中まで考えてしまう。映画を観終えたあとも、あの映像のことだけは、何日か頭の中で回り続けた。
もう一つは、撮り方だ。
画面の端に、何かがいる気がする構図が続く。廊下の奥。ふすまの隙間。消えたテレビの黒い画面に、映りこむ部屋。はっきり何も映らないから、目が勝手に探しに行く。探しているうちに、観ている側がいちばん疲れる。この映画の怖さは、そういう配線でできている。
音も少ない。大きな音で驚かせる場面は、ほとんどない。代わりに、耳の奥できしむような低い音が、ずっと鳴っている。
テープという機械
一九九八年は、まだビデオテープの時代だった。
再生ボタンを押す。黒い画面に雑音が走る。映像が終われば、巻き戻す。その一つ一つの手間が、この映画では儀式になる。棚に並んだラベルのないテープ。誰かが録画して、誰かが貸して、誰かが見る。要するに、呪いの通り道が、当時の家にあった機械の形そのままになっている。
僕の家にも、中身の分からないテープが何本かあった。観終えた夜、その一本を再生する気には、どうしてもなれなかった。今の人が観ても、スマホの動画に置きかえれば、同じ冷たさはたぶん届く。
竜司のこと
浅川は、元夫の高山竜司に助けを求める。竜司は、見えないものが見える男として描かれる。二人はテープの出どころを追って、海の向こうの島へ渡る。
ここから中盤は、謎を解く話になる。怖さは少し引く。そのぶん、残りの日数が減っていく感覚が強くなる。二人の間にある、冷えた空気もいい。夫婦だった二人が、子どものために同じ方向を向く。その距離の取り方に、変な温度がある。
最後のこと
最後の場面については書かない。
有名すぎて、観る前から知っている人も多いと思う。それでも言っておく。知っていても怖かった。仕掛けを知っていることと、それが目の前で起きることは、別の話だった。
誰に
怖いのは好きだが、血や痛い場面は苦手な人に。この映画には、ほとんど血が出ない。
最近の怖い映画の、大きな音に疲れた人にも。静かな怖さがどういうものか、ここで一度確かめられる。
「号泣」や「絶叫」のような宣伝の言葉に、うんざりしている人にも向いている。この映画は、何も言わずに冷やしてくる。
いつ
雨の夜。部屋の電気を一つだけ残して観るのがいい。
ひとつだけ注意がある。観終えた直後に電話が鳴らないように、スマホの音は切っておくことをすすめる。僕は切り忘れて、会社からの連絡で飛び上がった。
観たあとに眠れなくなった人のために、次のしずく通信に、怖い映画を観たあとの眠り方を書くつもりでいる。要するに、明るい場所で、何か温かいものを飲むことだ。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | リング |
| 監督 | 中田秀夫 |
| 原作 | 鈴木光司の小説 |
| 脚本 | 高橋洋 |
| 出演 | 松嶋菜々子、真田広之、中谷美紀 |
| 媒体 | 映画 |
| 公開 | 1998年1月 |
| 上映時間 | 95分 |
近い気持ち
会で観たのは、夏の終わりだった。画面越しに、全員で同時に再生した。終わったあと、全員がしばらく自分の部屋の後ろを振り返っていた。その夜のことは栞の記録にある。
(記録:ロク)
