日曜の朝、六時半。まだ暗い台所で、最終巻を閉じました。
湯を沸かしている途中でした。やかんが鳴って、わたしはようやく顔を上げました。窓の外は、雪になりそうな灰色でした。
おととしの冬、しずく通信の選書で、草餅さんがこの漫画を挙げていました。二人が並んで座っているだけの見開きで、いつも一回止まる、と。わたしはそのとき、はじめの二冊だけ読みました。そのまま、少しだけ間があきました。この冬、ようやく十一冊を読み終えました。
叔母と姪の話
高代槙生は、三十五歳の小説家です。人と話すのが苦手で、ひとりで暮らしています。
ある日、姉夫婦が事故で亡くなります。残されたのは、十五歳の姪、田汲朝。葬儀の席で、親戚たちは朝の引き取り先を押しつけあいます。朝のいる前で。
それを見ていた槙生が、自分が引き取る、と言います。姉とは折り合いが悪く、姪とはほとんど会ったこともないのに。
そこから、二人の暮らしが始まります。槙生は、朝の気持ちが分かる、とは言いません。分からないことは、分からないと言う。朝も、槙生の書く仕事が、よく分かりません。
大きな事件は、ほとんど起きません。学校のこと。友だちのこと。朝の母のこと。槙生の昔の恋人のこと。台所で、ごはんを作って食べること。その繰り返しで、十一冊が進んでいきます。
朝の側から読むと、また少し違って見えます。朝は、よく笑って、よくしゃべる子です。人なつこくて、まっすぐ。けれど、ふとした夜に、急に静かになる。親を亡くしたばかりの子が、それでも学校に行き、友だちと話し、叔母の作ったごはんを食べる。その明るさの下にあるものを、槙生は無理に掘り起こしません。わたしは、その待ち方を、少しだけうらやましく思いました。
書く人の話として
わたしがいちばん長く止まったのは、槙生が机に向かっている場面でした。
書く仕事に入ると、槙生のまわりの空気が変わります。朝がそばにいても、槙生は机の上の言葉のほうを向いている。書いているあいだは、朝のことを少しだけ忘れている。それを、槙生は隠しません。
わたしは小説を書く人ではありません。けれど、この記録を書いているあいだは、たぶん少しだけ、槙生と同じ場所にいます。夜十時の机で、まわりの音が遠くなる時間。そういう時間を持っている大人が、子どものそばにいてもいいのか。この漫画は、それを責めません。
槙生は、朝に日記をつけてみたら、とすすめます。本当のことを書かなくてもいい、と添えて。
題名の「日記」は、たぶんそこから来ています。けれど読み終えてみると、日記をつけているのは、朝だけではない気がしました。槙生も、朝の母も、朝の友だちも。それぞれが、自分にしか読めない言葉で、何かを書き残そうとしている。分かりあえない人たちが、それでも同じ台所に立っている。その距離が、夕方の湯気のように、やわらかく描かれています。
朝の母は、物語のはじめから、もういません。けれど、巻が進むにつれて、朝は母のことを少しずつ知っていきます。知らなかった顔を、あとから知る。それは、うれしいことばかりではありません。結末には触れません。ただ、わたしはその途中で何度か本を閉じて、しばらく天井を見ていました。
眠れない夜に一冊ずつ読むのがいいと思います。一冊読むごとに、考えることがひとつ増えます。答えは、たぶん出ません。出なくていい本です。
誰かと暮らしていて、その人のことが分からなくなった人に。分かったふりをして、疲れてしまった人に。それから、ひとりで暮らしていて、自分は誰かのそばにいられる人間なのか、と思ったことのある人に。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 違国日記 |
| 作者 | ヤマシタトモコ |
| 連載 | 祥伝社「FEEL YOUNG」(2017年〜2023年) |
| 巻数 | 全11巻 |
| 映画 | 2024年6月に実写映画が公開 |
近い気持ち
草餅さんが一回止まった見開きで、わたしも止まりました。二年たって、ようやく同じ頁に追いついた気がします。
