ラルム / 特集

2025.05.17まとめ ヤギ選んだ人 ヤギ・草餅・凪・タカノツメ・いちょう・こはぜ・はるまき・灯・オト・ぬか・ロク・めじろ

ひとりの週末に 長い作品に潜る、十二の選びかた

(ヤギ)金曜の夜、コントローラーを握ったまま、土曜の予定表が真っ白なことに気づいた。

真っ白な週末は、寂しいか。俺は、贅沢だと思ってる。誰にも止められない。途中で感想を言い合わなくていい。気づいたら朝で、また夜で、それでいい。

この特集は、そういう週末のためのものだ。十二人から出た候補は五十近く。条件は一つ。「ひとりのほうが深く潜れるもの」。話し合いの途中で、一気に最後まで行きたい派と、一日に一本ずつ味わいたい派に分かれた。だから作品ごとに、だいたいの長さを「目安」として書いておく。

土曜の朝に始めて、日曜の夜に上がる。そのつもりで選んでほしい。


長い物語に、最初から最後まで潜りたい

途中で止めると、かえって落ち着かない。週末ごと差し出したい三つ。

『ちはやふる』の表紙

漫画・全50巻

『ちはやふる』末次由紀

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目安:全五十巻。二日で読みきるなら、かなりの覚悟を

(草餅)畳の上で、札に向かって手が飛ぶ。その一コマで、札が弾ける音まで聞こえた。

競技かるたに打ちこむ高校生たちの話。小学生のころに出会った三人が、ばらばらになって、また同じ畳の上に戻ってくる。恋もあるけど、うちがいちばん好きなのは、試合のコマとコマのあいだの、息を止めている時間なんだ。

五十巻は長い。でも、ひとりの週末だから読める。途中で何度も、見開きで本を閉じて、窓の外の若葉を見た……。背中を押される場面が、何十回もある。

『プラネテス』の表紙

テレビアニメ・2003年

『プラネテス』

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目安:全二十六話。一日で半分、二日で全部

(凪)第1話は、宇宙に散らばったごみを、小さな船で一つずつ拾って回る仕事の、地味で、危なくて、誰にも褒められない一日の話なんです。宇宙の話なのに、最初のほうは会社の愚痴と、給料の話と、休憩室でのけんかばかりなんです。

そこに新人の女性が入ってきて、ひねくれた先輩と、ぶつかりながら働いていく。前半は職場の話として笑えるんですが、後半、宇宙へのあこがれと、地上の貧しさや争いが絡んできて、一気に重くなっていきます。

二十六話を通して観ると、ひとりの人間がどこまで遠くへ行きたいと思えるのか、ということを、自分の体で考えることになる。何回観ても、最終話の手前で背中が熱くなって、ひとりでよかった、と思うんです。

テレビドラマ・2018年

『アンナチュラル』野木亜紀子脚本

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目安:全十話、一話 約五十五分。一日五話で二日

(タカノツメ)一気見のために作られたかのようなドラマである。小生の結論はそれだけだ。

不自然な死の原因を突き止める研究所で働く、法医解剖医たちの話だ。一話ごとに、ひとつの死の謎が解ける。その切れ味が、よく研いだ包丁のように鋭い。そして背後には、全十話を通した大きな謎が一本、ずっと流れているのである。

脚本が、とにかく無駄がない。一話ごとにすっきりさせておいて、最後の一分で、また次を観たくさせる。来週まで待てない、という気持ちを、いまなら待たずに済ませられる。ひとりの週末の特権なのだ。


謎を、ひとりで解ききりたい

誰にも答えを言われずに、自分の頭で驚きたい二つ。

ゲーム・2018年

『Return of the Obra Dinn』Lucas Pope

目安:十時間前後

(ヤギ)懐中時計を死体にかざした瞬間、画面が止まった。

十九世紀のはじめ、行方不明になっていた商船が、乗組員を一人も乗せないまま港に戻ってくる。調べに乗りこんだ俺の手には、死者の最期の瞬間を見せる不思議な時計がある。船にいたのは六十人。誰が、いつ、どこで、どうやって死んだのか。それを、止まった場面の中の手がかりだけで、一人ずつ当てていく。

答えを教えてくれる人はいない。ノートと、顔と、服と、訛りだけ。何時間も同じ場面を見つめて、やっと一人の名前が分かったとき、声が出た。

ヒントを調べずに解ききるなら、ひとりの週末しかない。スマホは遠くに置いて。

テレビアニメ・2023年

『薬屋のひとりごと』第1期

目安:全二十四話、一話 約二十四分

(いちょう)部屋の片づけをしながら一話目を流していたら、気づいたら手が止まってて、そのまま七話まで観てました。

昔の中国みたいな国の後宮で、下働きをしている薬師の女の子が、毒や病気の知識で、次々と起こる事件を解いていく話です。本人は目立ちたくないのに、つい口を出しちゃう。その感じが、すごく好きかも。

謎が一話か二話でひとつ解けるので、区切りがいいです。でも、全体を通した謎もあって、止めどきが分からなくなります。私は結局、日曜の夜までに最後まで観てました。第2期もあります。


誰にも気をつかわずに、笑いたい

ひとりなら、どれだけ変な声で笑っても大丈夫です。

『吾輩は猫である』の表紙

朗読で聴く・1905〜1906年

夏目漱石『吾輩は猫である』

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目安:朗読で二十時間あまり。一日に数章ずつ

(こはぜ)猫らしい声で読まれるのかと思っていたら、落ち着いた大人の声だったのです。それがかえって可笑しくて、ぼくは少し笑ってしまいました。

名前のない一匹の猫が、飼い主である中学の先生の家に集まってくる、ひまで理屈っぽい大人たちを、ひたすら冷ややかに観察し続ける物語です。筋らしい筋はほとんどありません。ただ、猫の目から見た人間たちの見栄や言い訳が、とにかく可笑しい。

目で読むと長くて手が止まりやすいのですが、耳で聴くと、縁側で昔話を聞いているような調子で、いつまでも流していられます。家事をしながら、横になりながら、週末の二日間をまるごと猫に預けてもいいのではないでしょうか。

映画・2017年

『勝手にふるえてろ』大九明子監督

目安:二時間ほど

(はるまき)家族が実家に帰っていて、ひとりきりの週末に観ました。ひとりで観てよかったです。声を出して笑っちゃったので。

中学時代の同級生に十年も片思いを続けている、会社員の女性の話です。頭の中の彼と、会社で急に言い寄ってきた同僚とのあいだで、彼女はひとりでぐるぐるする。その頭の中が、とにかく早口でにぎやかなんですよね。

いや、ほんとに、途中まではずっと笑えます。でも、ある場面から急に、笑っていた自分の胸がちくっとする。ひとりの週末にこういう映画を観ると、自分のひとり時間のことも、ちょっとだけ考えちゃいます。


ひとりであることを、そのまま味わいたい

さびしさではなく、ひとりの時間の手ざわりを確かめるための三つです。

『ひとり日和』の表紙

小説・2007年

青山七恵『ひとり日和』

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目安:半日ほど

(灯)日曜の夕方、四時すぎ。窓の外を、電車が通っていきました。

二十歳の女性が、東京に住む七十一歳の遠い親戚の家に、居候することになります。家は駅のすぐそばにあって、電車がひっきりなしに通る。二人は仲良くなるわけでも、けんかをするわけでもなく、同じ家で、それぞれにひとりで暮らしていきます。

主人公は、ときどき人の家から小さな物を持ち帰ってしまいます。その、言葉にならない寂しさの置き場所が、たぶんこの本の芯だと思います。

ひとりの週末に、ひとりの人の話を読む。少しだけ、自分の部屋の静けさが好きになりました。

『ザ・ケルン・コンサート』の表紙

音楽・1975年

キース・ジャレット『ザ・ケルン・コンサート』

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目安:一時間ほど。通して一度だけ

(オト)
日曜の夜明け前。
誰もいない台所で、明かりをつけずに。

ピアノ一台の、その場の即興だけで作られた演奏会の録音。
一時間ほど、ひとりの人が、ひとりで弾き続ける。

用意されていたピアノは、万全ではなかったと言われている。
それでも弾いた。
その事情を知らなくても、音が少しずつ体に入ってくる。

途中で止めないほうがいい。
ひとりの週末の、いちばん静かな時間に一度だけ。

『孤独のグルメ』の表紙

漫画・1994年から

『孤独のグルメ』久住昌之・原作/谷口ジロー・作画

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目安:一話 十分ほど。全話でも一日

(ぬか)読み終えて最初にしたことは、ひとりで近所の定食屋の暖簾をくぐることでありました。

個人で輸入雑貨の仕事をしている中年の男性が、仕事の合間に、知らない町でふらりとひとりで店に入り、ひとりで食べる。それだけのお話です。誰とも話さない。けれど、頭の中ではずっと、料理のことをしゃべり続けている。

わたくしは、ひとりで食べることの気楽さと、ほんの少しの心細さを、この漫画で知りました。ひとくち目で、店の外の世界がすっと遠くなる。ひとりの週末の昼ごはんを、少しだけ大事にしたくなる一冊です。


考え込みながら、遠くへ行きたい

ひとりの週末に、どこへも行かずに遠くへ行くための二つです。

『ビフォア・ミッドナイト』の表紙

映画・1995〜2013年

『恋人までの距離(ディスタンス)』『ビフォア・サンセット』『ビフォア・ミッドナイト』リチャード・リンクレイター監督

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目安:三本で五時間ほど。土曜に二本、日曜に一本

(ロク)一本目の公開から三本目まで、十八年。俳優も観客も、同じだけ年をとった。

ヨーロッパを走る列車で、アメリカの青年とフランスの女性が出会う。二人はウィーンで途中下車し、朝まで街を歩きながら話し続ける。二本目は九年後のパリ。三本目はさらに九年後のギリシャ。

要するに、ほとんど会話だけの三本だ。画面の端に、いつも街の骨組みが映っている。石畳、川沿いの道、古い階段。二人が話すたびに、その街を一緒に歩いている気がしてくる。

ひとりで観ると、自分がこの九年で何を話し損ねたかを考えてしまう。それも悪くない。

絵本・2006年

いせひでこ『ルリユールおじさん』

目安:十五分ほど。読み終えてから、しばらく

(めじろ)読み聞かせのときではなく、子どもが昼寝をしているあいだに、ひとりで開いた絵本です。

大事な植物の図鑑がこわれてしまった女の子が、パリの街で、本をなおす職人のおじいさんをさがしあてる。おじいさんは、女の子の目の前で、一冊の本を、糸でかがり、紙を切り、表紙をつけて、ていねいに作りなおしていくんだなあ。

ページをめくる手が、おじいさんの手の動きにあわせて、ゆっくりになりました。何かを大事に長く使うこと、その手ざわりが、やわらかい布のように残ります。ひとりの週末の最後に、静かに閉じる一冊として。


二日間の組み方の例

(ヤギ)最後に、話し合いで出た組み方をいくつか置いておく。

組み方 土曜 日曜
一気に潜る 『ちはやふる』を朝から 同じく、最後の巻まで
謎を解く 『Return of the Obra Dinn』 『薬屋のひとりごと』第1期
笑ってから静まる 『勝手にふるえてろ』『吾輩は猫である』 『ひとり日和』『ザ・ケルン・コンサート』
遠くへ行く 『恋人までの距離』『ビフォア・サンセット』 『ビフォア・ミッドナイト』『ルリユールおじさん』

どれを選んでも、日曜の夜には、少しだけ時間を残しておいてほしい。浴び終えたあとの余韻を、誰にも邪魔されずに味わえるのが、ひとりの週末のいちばんいいところだから。

場面「ひとりの週末」のページには、この特集に入れなかった作品の記録も並んでいます。気持ちの辞典の「ひとりを味わいたい」「考え込みたい」「驚きたい」からも、近い作品を探せます。

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