ラルム / 作品の記録

2023.01.29媒体 映画記録 はるまき

音が消えた数十秒に、家族の席へ座らされる 『コーダ あいのうた』

洗いものの手が止まりました
『コーダ あいのうた』の表紙
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年末の大掃除が終わった夜、流しに溜まった食器を洗いながら、台所の小さな画面で観始めました。

最後のお皿を洗い終わったのは、映画が終わってから三十分くらいたってからでした。途中で手が止まって、蛇口の水を出しっぱなしにしてたんです。いや、ほんとに、ずっと。

どんな家族の話か

『コーダ あいのうた』の主人公は、アメリカの海辺の町で暮らす高校生のルビー。お父さんと、お母さんと、お兄ちゃんと、四人家族です。

ルビー以外の三人は、耳が聞こえません。家族の中で、聞こえるのはルビーだけ。家の仕事は漁師で、ルビーは毎朝、学校に行く前に家族と船に乗って、無線のやりとりや、魚の取引のときの通訳をしています。小さいころからずっと、ルビーは家族と、聞こえる世界とのあいだの「通り道」だったんですよね。

そんなルビーが、高校の合唱の授業で、歌うことに出会います。先生に才能を見つけてもらって、遠くの音楽の学校を受けてみないかと言われる。でも、家族は、ルビーの歌を聴くことができない。そしてルビーがいなくなったら、家の仕事は回らなくなる。

はるまきが手を止めた場面

学校の発表会の場面です。

ルビーが舞台で歌っている。家族は客席に座っている。途中で、映画の音が、ふっと消えるんです。

はるまきは最初、再生が止まったのかと思いました。でも違いました。映画が、お父さんとお母さんの席に、観ているこっちを座らせたんです。

音のない客席で、家族は、周りの人たちの顔を見ています。隣の人が目をうるませているのを見て、娘の歌が、何かを届けていることを知る。音は聞こえないのに、伝わっていることだけは分かる。

ここで、はるまきの手は止まりました。子どもの発表会で、自分の子の声がちゃんと聞こえなくても、周りの親の顔を見てうれしくなったことがあったんです。あのときの気持ちの、もっとずっと奥のほうにあるものを、この数十秒で見せられた気がします。

その夜、家に帰ってから、お父さんがトラックの荷台でルビーに、もう一度歌ってくれと頼む場面も忘れられません。お父さんは、娘の喉にそっと手を当てて、その震えで歌を聴こうとする。台所で言うと、鍋のふたの震えで、煮えているのが分かる、みたいな。そんな小さな音の聴き方が、あるんですよね。

お兄ちゃんのこと

はるまきがもうひとり、気になって仕方なかったのが、ルビーのお兄ちゃんのレオです。

レオは、自分たち家族は、妹に頼らなくてもやっていけるはずだと思っています。耳が聞こえなくても、自分たちの仕事は自分たちでできる。なのに、周りはいつも、聞こえるルビーのほうばかりを見る。その悔しさを、レオはうまく言葉にできなくて、ときどき妹にきつく当たってしまうんです。

いや、ほんとに、上の子の気持ちって、こうなんですよね。うちでも、下の子の世話をお兄ちゃんに頼んだあとに、ふてくされた顔をされることがあります。頼られることと、頼りにされないことの、両方がつらい。レオの顔を観ていて、はるまきは自分の家の台所のことを思い出してました。

家族の誰かひとりが悪い、という映画じゃないんです。みんなが家族のことを思っていて、その思い方が、少しずつずれている。そこが、観ていていちばん胸に来ました。

最後のこと(少しだけ触れます)

映画の終わりのほうに、ルビーが試験で歌う場面があります。何が起きるかは、ちょっとだけ書くと、ルビーはそこで、声だけじゃない方法でも歌います。

その先は、ぜひ観てください。はるまきは、そこで完全に泣きました。

誰に

  • 家族の中で、何かの役目をずっと背負ってきた人
  • 家を出るか、残るかで迷っている人
  • 子どもの背中を押すか、引き止めるかで迷っている親の人

いつ

新しい生活が始まる前に。進学や、仕事が変わる前の、落ち着かない時期に観てほしいです。

冬の、家の中がしんとした夜にもいいと思います。ただ、洗いものは先に済ませておいてください。

作品データ

項目 内容
作品名 コーダ あいのうた
監督・脚本 シアン・ヘダー
出演 エミリア・ジョーンズ、トロイ・コッツァー、マーリー・マトリン
媒体 映画
日本での公開 2022年1月
そのほか フランス映画『エール!』をもとにした作品。アメリカのアカデミー賞で作品賞を受けました

近い気持ち

十二月の感情浴会(第32回)で、ロクの進行で取り上げました。ロクが、音が消える場面の前後を、秒数まで数えて話してくれたのが、この人らしかったです。

(記録:はるまき)

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