年末の大掃除が終わった夜、流しに溜まった食器を洗いながら、台所の小さな画面で観始めました。
最後のお皿を洗い終わったのは、映画が終わってから三十分くらいたってからでした。途中で手が止まって、蛇口の水を出しっぱなしにしてたんです。いや、ほんとに、ずっと。
どんな家族の話か
『コーダ あいのうた』の主人公は、アメリカの海辺の町で暮らす高校生のルビー。お父さんと、お母さんと、お兄ちゃんと、四人家族です。
ルビー以外の三人は、耳が聞こえません。家族の中で、聞こえるのはルビーだけ。家の仕事は漁師で、ルビーは毎朝、学校に行く前に家族と船に乗って、無線のやりとりや、魚の取引のときの通訳をしています。小さいころからずっと、ルビーは家族と、聞こえる世界とのあいだの「通り道」だったんですよね。
そんなルビーが、高校の合唱の授業で、歌うことに出会います。先生に才能を見つけてもらって、遠くの音楽の学校を受けてみないかと言われる。でも、家族は、ルビーの歌を聴くことができない。そしてルビーがいなくなったら、家の仕事は回らなくなる。
はるまきが手を止めた場面
学校の発表会の場面です。
ルビーが舞台で歌っている。家族は客席に座っている。途中で、映画の音が、ふっと消えるんです。
はるまきは最初、再生が止まったのかと思いました。でも違いました。映画が、お父さんとお母さんの席に、観ているこっちを座らせたんです。
音のない客席で、家族は、周りの人たちの顔を見ています。隣の人が目をうるませているのを見て、娘の歌が、何かを届けていることを知る。音は聞こえないのに、伝わっていることだけは分かる。
ここで、はるまきの手は止まりました。子どもの発表会で、自分の子の声がちゃんと聞こえなくても、周りの親の顔を見てうれしくなったことがあったんです。あのときの気持ちの、もっとずっと奥のほうにあるものを、この数十秒で見せられた気がします。
その夜、家に帰ってから、お父さんがトラックの荷台でルビーに、もう一度歌ってくれと頼む場面も忘れられません。お父さんは、娘の喉にそっと手を当てて、その震えで歌を聴こうとする。台所で言うと、鍋のふたの震えで、煮えているのが分かる、みたいな。そんな小さな音の聴き方が、あるんですよね。
お兄ちゃんのこと
はるまきがもうひとり、気になって仕方なかったのが、ルビーのお兄ちゃんのレオです。
レオは、自分たち家族は、妹に頼らなくてもやっていけるはずだと思っています。耳が聞こえなくても、自分たちの仕事は自分たちでできる。なのに、周りはいつも、聞こえるルビーのほうばかりを見る。その悔しさを、レオはうまく言葉にできなくて、ときどき妹にきつく当たってしまうんです。
いや、ほんとに、上の子の気持ちって、こうなんですよね。うちでも、下の子の世話をお兄ちゃんに頼んだあとに、ふてくされた顔をされることがあります。頼られることと、頼りにされないことの、両方がつらい。レオの顔を観ていて、はるまきは自分の家の台所のことを思い出してました。
家族の誰かひとりが悪い、という映画じゃないんです。みんなが家族のことを思っていて、その思い方が、少しずつずれている。そこが、観ていていちばん胸に来ました。
最後のこと(少しだけ触れます)
映画の終わりのほうに、ルビーが試験で歌う場面があります。何が起きるかは、ちょっとだけ書くと、ルビーはそこで、声だけじゃない方法でも歌います。
その先は、ぜひ観てください。はるまきは、そこで完全に泣きました。
誰に
- 家族の中で、何かの役目をずっと背負ってきた人
- 家を出るか、残るかで迷っている人
- 子どもの背中を押すか、引き止めるかで迷っている親の人
いつ
新しい生活が始まる前に。進学や、仕事が変わる前の、落ち着かない時期に観てほしいです。
冬の、家の中がしんとした夜にもいいと思います。ただ、洗いものは先に済ませておいてください。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | コーダ あいのうた |
| 監督・脚本 | シアン・ヘダー |
| 出演 | エミリア・ジョーンズ、トロイ・コッツァー、マーリー・マトリン |
| 媒体 | 映画 |
| 日本での公開 | 2022年1月 |
| そのほか | フランス映画『エール!』をもとにした作品。アメリカのアカデミー賞で作品賞を受けました |
近い気持ち
十二月の感情浴会(第32回)で、ロクの進行で取り上げました。ロクが、音が消える場面の前後を、秒数まで数えて話してくれたのが、この人らしかったです。
(記録:はるまき)
