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2023.03.18まとめ はるまき選んだ人 はるまき・凪・灯・草餅・栞・オト・ヤギ・ぬか・ロク

新しい生活の始まりに 慣れない部屋で観る・読む・聴く十の作品

(はるまき)夕飯の片づけを終えて、ランドセルの名前シールを一枚ずつ貼りながら、これを書いています。うちの上の子、四月から小学生なんですよね。

引っ越しも転職もしないはるまきでも、春はなんだか落ち着きません。家族の誰かの生活が変わると、台所の段取りまでまるごと変わっちゃう。まして、ひとりで新しい町に出ていく人の心細さは、いかばかりか、と思います。

そこで今年の春の特集は、「新しい生活の始まり」にしました。候補は九人から三十ちょっと。話し合っていて面白かったのは、ほとんどの人が「始まったばかりのころの夜」の話をしたことです。昼間はばたばたしていて平気なのに、夜、慣れない部屋でひとりになると急に不安になる。この特集は、その夜のためのものだと思ってください。

束は四つ。背中を押してほしい夜、元気がほしい夜、とにかくほどけたい夜、そして、もう一度やり直す勇気がほしい夜です。


心細い夜に、背中を押されたい

知らない場所で、少しずつ自分の居場所を作っていく人たちの三つです。

『魔女の宅急便』の表紙

アニメ・1989年

『魔女の宅急便』宮崎駿監督

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(凪)満月の夜に、十三歳の女の子がほうきにまたがって、ラジオをぶら下げたまま家を飛び立っていく。あの浮かれた感じ、何回観ても、自分まで胸の真ん中がふわっと浮くんです。

でも本当に好きなのは、そのあとの、海の見える大きな町に着いてからの話で、泊まるところもなく、知り合いもなく、町の人に話しかけてもそっけなくされて、最初の夜に小さな部屋の窓から外を見ている、あの顔です。パン屋のおかみさんに部屋を借りて、配達の仕事を始めて、うまくいったり、いかなかったりして、そのうちに、あんなに得意だった飛ぶことができなくなってしまう。

新しい生活で一度ちゃんと落ちこむところまで描いてくれるので、観ている側も安心して落ちこめるんです。最後の一周を走りきるみたいに、終盤は背中が熱くなりました。

『舟を編む』の表紙

小説・2011年

三浦しをん『舟を編む』

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(灯)日曜の昼すぎ、窓辺で読み終えました。本棚の端に、古い辞書が一冊あります。

営業部で浮いていた若い社員が、辞書の編集部へ移されます。人と話すのは苦手でも、言葉にはひどく真剣な人です。そこから、一冊の辞書を作る長い仕事が始まります。何年も、たぶん十年以上もかかる仕事です。

新しい部署で、最初は周りと話がかみ合いません。それでも、一つの言葉の意味を皆で考えているうちに、少しずつ場所ができていきます。その速さが、とてもゆっくりなのがいいのです。

新しい職場で、自分だけが遅れていると感じる夜に。一日一章くらいで、少しだけ読むのがいいと思います。

『スキップとローファー』の表紙

漫画・2018年から

『スキップとローファー』高松美咲

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(草餅)入学式の朝、早々に迷子になっている主人公の小さなコマから、この漫画は始まる。

石川県の端の、人の少ない小さな町から、東京の高校へひとりで出てきた女の子の話。人生の計画はばっちり立ててきたのに、初日からつまずく。でも、そのつまずき方が、なんだかまっすぐなんだ。

うちが入る前、去年の春の会でも取り上げていて、その記録を読んだら、ときめいた場面が恋の場面ばかりじゃなかった、と書いてあった。わかる、と思った。うちはこの漫画の、誰かの気持ちが少しだけ動くコマとコマのあいだが好き。見開きで、桜色の風が吹く。


知らない町で、とにかく元気を出したい

心細さを笑いで吹き飛ばしたい夜の二つです。

『あまちゃん』の表紙

連続テレビ小説・2013年

『あまちゃん』宮藤官九郎脚本

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(はるまき)これは、毎朝、朝ごはんを作りながら観ていた朝ドラです。

東京で地味に暮らしていた女の子が、夏休みにお母さんの故郷の海の町へ行って、そのまま住みついちゃう。おばあちゃんは海にもぐってウニをとる海女さんで、女の子もあこがれて海女になる。そこから町の人たちとわいわいやっているうちに、話がどんどん広がっていくんですよね。

いや、ほんとに、町の人たちがみんな少しずつ変で、みんなやさしい。知らない町に飛びこむのって、こういうことかもなあ、と思わされました。

一話十五分なので、疲れた夜にも一話だけ。ただ、止まらなくなる回も多いので、そこだけ気をつけてください。

『坊っちゃん』の表紙

朗読で聴く・1906年

夏目漱石『坊っちゃん』

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(栞)笑っていいのか、寂しくなっていいのか。聴き終えた私は、そのあいだで少しのあいだ座っていました。

東京生まれの向こう見ずな若者が、四国の中学校へ数学の教師として赴任していく話です。着いた町は狭く、生徒には初日から冷やかされ、同僚には妙なあだ名をつけていく。新しい職場で腹の立つことばかり起きるのに、主人公はまったくへこたれません。

耳で聴くと、文の調子のよさが、そのまま早口の独り言のように聞こえてきて、何度も吹き出しました。けれど、ときどき思い出される、故郷で主人公をかわいがってくれた年老いた女中の話が、そのたびに静かに沈んで残りました。新しい場所で踏ん張っている人ほど、あの人の順番が効く気がします。


慣れない部屋で、ただほどけたい

まだ家具の配置が決まらない部屋で、肩の力を抜くための二つです。

『ミュージック・フォー・エアポーツ』の表紙

音楽・1978年

ブライアン・イーノ『ミュージック・フォー・エアポーツ』

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(オト)
夜勤のない夜。
まだ段ボールの残る部屋で、明かりを一つだけつけて。

空港で流すために作られた、と言われている音楽。
ピアノの音が、ゆっくり、間をあけて鳴る。
旋律らしい旋律はない。
始まりも終わりも、はっきりしない。

聴いていると、ここがどこなのか、どうでもよくなってくる。
出発の前でも、到着のあとでもない場所。
新しい部屋も、まだそういう場所なのかもしれない。

二曲目から、声のような音が混ざる。
その頃には、たいてい眠っている。

『あつまれ どうぶつの森』の表紙

ゲーム・2020年

『あつまれ どうぶつの森』

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(ヤギ)最初の夜、テントの中でボタンを押しても、何も起きなかった。

このゲームは、無人島への引っ越しから始まる。家はまだない。あるのはテントと、焚き火と、ほかの住人が数人だけ。道もない。橋もない。川の向こうには行けない。

でも、木を揺すって、果物を拾って、魚を釣っているうちに、島が少しずつ自分の場所になっていくんだよな。最初は遠くに見えるだけだった島の端まで、いつのまにか歩いて行けるようになってる。

新しい生活って、たぶんこういう速さでいいんだと思う。一日にできることは、少しでいい。ゲームの中の時計は現実と同じだから、夜に始めれば島も夜だ。同じ時間を過ごす島がひとつあると、知らない町の夜が少しだけ短くなる。


もう一度、やり直す勇気がほしい

うまくいかなかった場所を離れて、新しく始める人たちの三つです。

『リトル・フォレスト』の表紙

漫画・全2巻

『リトル・フォレスト』五十嵐大介

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(ぬか)この漫画を開くと、なぜか芋を煮たくなります。先日も、台所の隅でしなびかけていたじゃがいもを、思わずていねいに洗ってしまったのでありました。

都会での暮らしがうまくいかず、東北の山あいの小さな集落へ戻ってきた女性が、ひとりで畑を耕し、季節のものを料理して暮らすお話です。一話ごとにひとつの料理が出てきて、その作り方が、作る人の手つきや、季節の空気と一緒に描かれます。

わたくしがこの漫画を好きなのは、戻ってきたことを、負けとも逃げとも言い切らないところです。土に触って、手を動かして、食べる。そのくり返しの中で、もう一度自分の足で立つ力が戻ってくる。ひとくち目が、いつも季節の味がするのです。

『ブルックリン』の表紙

映画・日本公開2016年

『ブルックリン』ジョン・クローリー監督

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(ロク)舞台は一九五〇年代。アイルランドの小さな町から、若い女性がひとりで海を渡る。

行き先はニューヨークのブルックリン。下宿に住み、百貨店で働き、夜は学校で簿記を学ぶ。最初の数週間、彼女はほとんど笑わない。手紙を読んで泣く。それだけの場面が長い。

画面の端に、いつも故郷の色が残っている。服の色、手紙の封筒。要するに、新しい土地の骨組みが、まだ体に合っていない。それが、少しずつ組み上がっていく映画だ。

故郷と新しい町、どちらかを選ぶ場面が後半にある。どちらを選んでも、何かを置いていくことになる。その重さが、きちんと描かれている。

『海街diary』の表紙

漫画・全9巻

『海街diary』吉田秋生

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(草餅)父親の葬儀のあと、駅のホームで、女の子が電車に向かって走ってくる。そのコマで、この話の始まりが決まる。

母を早くに亡くし、父も亡くした中学生の女の子が、海の近くの古い家に住む、会ったばかりの腹違いの姉たち三人と暮らし始める話。新しい家、新しい学校、新しいサッカーのチーム。でもこの子は、ずっと自分がここにいていいのか考えている。

うちはこの漫画を、春が来るたびに一巻から読み返す。桜のトンネルを自転車で抜ける見開きがあって、そこで一度本を閉じる……。新しい場所で、少しずつ「ただいま」が言えるようになっていく話なんだ。


引っ越しの荷物に、ひとつ入れるなら

(はるまき)ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

話し合いの最後に、「新しい部屋に最初に持っていくなら、どれにする?」と聞いてみたら、九人の答えが見事にばらばらでした。それでいいんだと思います。

それから、もう一つ。新しい作品を探すのと同じくらい、前から好きだった作品を浴び直すのもおすすめです。場所が変わっても、同じ場面で同じように泣けたり笑えたりすると、ああ、自分は自分のままだな、と確かめられます。はるまきは、この春も、何年も前のお気に入りのドラマの第1話を、洗濯物をたたみながら観直すつもりです。

場面「新しい生活の始まり」と「春」のページには、この特集に入れなかった作品の記録も並んでいます。気持ちの辞典の「背中を押されたい」「やり直したくなりたい」からも、近い作品を探せます。

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