夜の十時すぎです。ほうじ茶を淹れて、湯気が消えるのを待ってから、これを書き始めました。
連載のいつもの回は、一冊の本を選んで、読み終えたあとのことを書いています。今回は番外です。しずく通信の冬の号に、読み返した本のことを書いたら、何人かのメンバーから、そもそもどうして始めたのかを書いてほしいと言われました。少しだけ、昔の話をします。
泣けなかった秋
二〇一九年の秋、わたしはしばらく泣いていませんでした。
悲しいことがなかったわけではありません。むしろ、その年は小さなことがいくつも重なっていました。仕事の締めが続いて、帰りはいつも暗くなってからでした。家に着くと、何もしないまま時計が進んでいました。
泣けないと気づいたのは、たぶん、あるドラマの最終回を観たときです。周りの誰もが泣いたと言っていた回でした。わたしも、画面の中のことはちゃんと分かっていました。悲しい場面だということも、よくできた場面だということも。それでも、何も動きませんでした。
乾いている、と思いました。雨が長く降っていないときの、庭の土のような感じです。表面だけが固くなって、水を撒いても、しみこまずに流れていってしまう。
読み返した一冊
十月の終わりの、雨の夜でした。本棚の端に、学生のころに読んだ梨木香歩の『西の魔女が死んだ』がありました。
学校に行けなくなった少女が、初夏のひと月を祖母の家で過ごす話です。庭で野いちごを摘んで、ジャムを煮る。洗ったシーツを、ラベンダーの茂みの上に広げて干す。祖母は少女に、魔女になるための修行として、早寝早起きや、自分で決めることを教えます。大きな事件は、ほとんど起きません。
初めて読んだときは、最後の場面で泣きました。二度目に読んだのは、その十数年後です。今度は泣けないだろう、と思いながら頁をめくりました。
泣いたのは、最後の場面ではありませんでした。少女が祖母の家で、何もせずに窓の外を見ている、なんでもない場面です。読みながら、自分がもう長いあいだ、こうやって何もせずに外を見ていないことに気づきました。そうしたら、ひと粒だけ、涙が落ちました。
ほんとうに、ひと粒でした。それでも、固くなっていた土に、少しだけ水がしみたような気がしました。
一滴を、誰かに
その夜、わたしは本の話をしていた二人に、長い感想を送りました。いまの凪とロクです。返事はすぐには来ませんでした。翌朝、凪からは、自分が最近いちばん泣いたアニメの話が、長い長い文で届いていました。ロクからは、泣かなかったけれどぞくっとした映画の話が、三行で届いていました。
そのやりとりが、一滴舎の始まりです。心に一滴を落としてくれたものを、誰かに聞いてもらう。勧めるためではなく、ただ、動いたことを置いておくために。
名前をつけたのは、しばらくあとです。わたしのあの夜の涙がひと粒だったので、一滴。大げさな名前にしたくなかったのだと思います。
浴びる、という言葉
次の年の春、集まれない日が続いて、画面越しに同じ作品を観る会を始めました。それが、いまの感情浴会です。
「感情浴」という呼び方を使い始めたのは、さらにその次の年の一月でした。誰が最初に言い出したのか、じつはもう覚えていません。会の雑談の中で、泣くことだけじゃなくて、笑うのも、懐かしむのも同じだよね、という話になって、いつのまにかその言葉がありました。
わたしがこの言葉を気に入ったのは、湯に浸かるときの感じに似ていたからです。お風呂に入るとき、何かを学ぼうとはしません。ただ浸かって、温まって、上がる。上がったあとは、しばらく何もしたくない。その「しばらく」が、わたしにはいちばん大事でした。
いまでも、読み終えてすぐには感想を言いません。少し黙っている時間をとります。会の進行をしていても、見終わってからしばらくはマイクをつけないようにしています。最初のころは、変な間だと思われていたかもしれません。でも、その数分のあいだに、たぶん、いちばん大きなものが動いている気がするのです。
泣けない日のために
あの秋から、六年と少しがたちました。
わたしはいまも、泣けない時期があります。そういうときは、無理に泣ける作品を探さないことにしています。代わりに、昔読んだ静かな本を一冊だけ、本棚から抜きます。泣かなくてもいい、と自分に言ってから読み始めます。
感情浴は、泣くための方法ではない、とわたしは思っています。乾いた土に、少しずつ水をしみこませるための時間です。一度に大量の水をかけても、土は受け止めきれません。ひと粒ずつでいいのだと思います。
もし、いま泣けない時期にいる人がいたら、今夜は一冊だけ、昔の本を開いてみてください。泣けなくても、それで大丈夫です。湯気が消えるまで、少しだけ待ってみてください。
次の回からは、またいつもの連載に戻ります。
(灯)