ラルム / 作品の記録

2021.08.29媒体 音楽記録 オト

夜勤明けに、小説でできた音を YOASOBI『THE BOOK』

足取りが少し速くなった
『THE BOOK』の表紙
Amazon で見る

夜勤明け。
駅までの道で再生した。

まだ街灯が消えきっていない時間。
点滅する信号の前で、一曲目が終わった。


加わる前の月の会で、取り上げられていた一枚。
記録を読んで、あとから聴いた。

正直に書く。
元気の出る音楽は、得意ではない。
夜勤明けの頭に、速い曲は痛い。
そう思って、半分は義理で再生した。


YOASOBI は、小説を音楽にする二人組。
一曲ごとに、元になった短い物語がある。
『THE BOOK』は、それまでに出た曲と、新しい曲をまとめた一枚。

「夜に駆ける」「群青」「ハルカ」「たぶん」。
名前だけは知っていた曲が、並んでいる。

聴いてみて、分かったことがある。
明るいのは、音の表面だけだった。

速いリズムの下に、ずいぶん暗い物語が沈んでいる曲がある。
弾む鍵盤の奥に、誰かがうまく言えなかったことが残っている曲がある。
歌詞の中身は書かない。
ただ、明るい音と、明るくない物語が、同じ一曲の中で並んで走っている。
その並び方が、夜勤明けの帰り道に、妙に合った。


「夜に駆ける」。

夜明け前の道で聴くには、速すぎる曲だと思っていた。
実際、速い。
でも、声がまっすぐで、濁りがない。
歩いている足の下を、細い川がさらさら流れていくような音。

一曲がだいたい四分前後。
その四分の中に、一本の短い物語がまるごと入っている。
始まって、何かが起きて、終わる。
小説を一冊読み終えるのとは違う。
信号ひとつ分の待ち時間に、誰かの人生の一場面が、通り過ぎていく。

それを何曲か続けて聴くと、
知らない町の、知らない家の窓の明かりを、
一つずつ見ながら歩いているような気分になる。


いちばん残ったのは「群青」。

好きなことを、好きだと言うのが怖い。
それでも手を動かす。
そういう物語が元になっている、と後で知った。
凪が記録していた『ブルーピリオド』と、つながりのある曲らしい。

二曲目から、ではなく、この曲から、足取りが少し速くなった。
駅の階段を、一段飛ばしで上がった。
何年ぶりか分からない。


二度目は、夜勤の休憩のあいだ。

蛍光灯の白い休憩室。
窓の外は、まだ真っ暗。

イヤホンの片方だけで聴いた。
もう片方の耳には、建物の中の夜の音。
その混ざり方が、よかった。

朝の道で聴いたときより、
声が少し遠くに聞こえた。
遠くの窓で、誰かが歌っているような距離。
明るい曲なのに、夜の中で聴くと、
ちゃんと夜の曲になる。

元気な音楽が苦手なのは、
たぶん、元気を押しつけられるのが苦手なだけだった。
この一枚は、押してこない。
隣を、同じ速さで歩いてくる。


しずくは二つ。

大きく心が動いたわけではない。
けれど、体が少し前に出た。
元気を出したい、というのは、たぶんこれくらいの大きさでいい。
無理に明るくなるのではなく、歩く速さが、ほんの少しだけ変わる。


誰に。

疲れていて、明るい音楽を避けている人に。
表面だけの明るさではないので、たぶん大丈夫。

何かを始めようとして、足がすくんでいる人にも。


いつ。

移動中。
それも、疲れて帰る道より、これから出かける道のほうがいい。
朝の電車。
あるいは、夜勤明けの、始発を待つ駅。

夏の朝は、とくにいい。
まだ暑くなる前の、白っぽい空の下で。


作品データ

項目 内容
作品名 THE BOOK
アーティスト YOASOBI
媒体 音楽(初めてのCD作品)
発表 2021年1月
主な収録曲 「夜に駆ける」「あの夢をなぞって」「ハルジオン」「たぶん」「群青」「ハルカ」、新しい曲「アンコール」

近い気持ち

七月の感情浴会(第15回)は、栞の進行、ヤギの記録。
自分が加わる前の回。
記録を読んで、聴き逃した一枚を追いかけた。

(記録:オト)

作品の記録に戻る