ラルム / 読みもの

2023.12.09文 こはぜ

感情浴の始め方 耳から入るための五つの工夫

はじめて会で朗読を聴いたとき、一行目の声が、思っていたよりずっと遠くから聞こえたのです。

ぼくが一滴舎に加わったのは、今年の五月でした。最初に記録を任されたのは、翌月の第三十八回、夏目漱石の『夢十夜』を朗読で聴く回です。進行は栞さんでした。画面越しに、みんなで同じ朗読を、それぞれの部屋で聴く。聴き終えたあと、しばらく誰もマイクをつけない。その数分の静けさが、ぼくにとっての感情浴の始まりでした。

あれから半年がたち、会の雑談で、朗読や音声作品はどうやって聴き始めればいいのか、という話がよく出るようになりました。本は読むけれど、耳で聴くのは苦手だ。途中で眠ってしまう。何を選べばいいか分からない。どれも、ぼく自身が通ってきた道です。

そこで、ぼくなりに試してきた工夫を、五つだけ書いておきます。どれも大げさなものではありません。障子の立て付けを少し直すくらいの、小さな工夫です。

一 短いものから始める

最初の一本は、十五分から三十分ほどで終わるものを選んでください。

長い物語を最初に選ぶと、筋を追うことに気を取られて、声そのものを味わう余裕がなくなります。短い童話や短編なら、筋はすぐに頭に入り、そのぶん、読み手の息づかいや、声の高さの変わり目に耳が向くのです。

ぼくがよくすすめるのは、宮沢賢治の『やまなし』です。谷川の底で、蟹の兄弟が、水面の上のことを語り合う。朗読なら十分ほどで終わります。短いのに、水の中の光の揺れ方が、耳の奥にくっきりと残るのです。

二 倍速にしない

これは、ぼくがいちばん大事にしていることです。

時間が惜しいと、つい再生の速さを上げたくなります。けれど、朗読の半分は、言葉と言葉のあいだの「間」でできています。そこを縮めてしまうと、読み手が息を吸う音も、次の一行に移る前の、あのかすかなためらいも、消えてしまう。

柱時計の振り子を早回しにしても、時間が早く進むわけではありません。朗読もきっと同じで、決められた速さで聴くことでしか、届かないものがあるのだと思います。

三 部屋を少しだけ暗くする

真っ暗にする必要はありません。明かりを一つ落とす、カーテンを引く、それくらいで十分です。

目に入るものが減ると、耳が少しずつ前に出てきます。ぼくは、雨戸を閉めた部屋で聴くのがいちばん好きです。外の音がほどよく遠ざかり、自分と声だけが、狭い箱の中に残される感じがします。

ただし、目を閉じると眠ってしまう、という方もいるでしょう。そういう方は、目を開けたまま、天井の木目や、窓の外の一点をぼんやり眺めながら聴いてみてください。

四 途中で眠ってしまっても、責めない

朗読を聴いていて、気がついたら眠っていた。これは、失敗ではありません。

むしろ、それだけ声に身を預けられたということです。眠ってしまったところから、次の晩にまた聴けばいい。同じ物語を、何晩かに分けて、少しずつ聴き進めるのも、朗読ならではの楽しみです。子どものころ、枕もとで本を読んでもらいながら眠った夜のことを、思い出す方もいるのではないでしょうか。

五 読み手を比べない

同じ作品でも、読み手が変われば、まったく違う物語に聞こえます。

これは朗読の大きな楽しみですが、ひとつだけ気をつけていることがあります。読み手の上手い下手を、決めつけないことです。高い声も、低い声も、早口も、ゆっくりした語りも、それぞれの読み手が、その物語をそう受け取ったという記録なのです。

好みの声は、もちろんあってかまいません。ただ、最初は少し苦手だと思った声が、三度目に聴いたとき、ふいにしっくりくることがあります。ぼくは『夢十夜』の、ある夜の話で、その経験をしました。声が変わる一瞬に、急に物語の底が抜けたように感じたのです。

最初の一本に

五つの工夫を書きましたが、結局のところ、いちばん大事なのは、一本目を聴き始めることだけです。

短い怪談でも、昔読んだ童話でも、教科書で出会った詩でもかまいません。目で読んだことのある作品を、耳で聴き直すのも、よい入り口になります。知っているはずの物語が、声を通るだけで、まったく知らない場所へ連れていってくれることがある。それが、ぼくが耳から入る感情浴を好きな理由です。

今夜、十五分だけ、明かりを一つ落として、聴いてみてください。縁側に腰かけて、誰かの昔話に耳を傾けるような気持ちで。

(こはぜ)

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