眞人が、道ばたの石を拾って、自分の頭に打ちつける場面から話させてください。
転校先の学校からの帰り道、同級生たちと取っ組み合いになったあとで、少年は何でもないような顔のまま石を手に取って、それを自分の頭の横に振りおろすんです。血がたくさん流れて、家では大騒ぎになるのに、本人は理由を誰にも言わない。自分は映画館の暗い中で、あの場面から先、ずっと胃のあたりに手を置いたまま観ていました。
正直に書くと、自分はこの映画で泣けませんでした。しずくは二つです。何回観ても泣く、が自分の目安なので、この数字は少しさびしいんですが、嘘はつけないので、そのまま書いておきます。
どんな映画か
宮﨑駿監督の、十年ぶりの長編です。公開の前に予告や宣伝がほとんど出なかったので、自分も何も知らないまま、平日の夜の回に座りました。
戦争のさなか、火事で母を亡くした少年・眞人が、父と一緒に田舎の屋敷へ移り、母の妹である夏子と暮らし始めます。屋敷には一羽のアオサギがいて、なぜか眞人にしつこくつきまとい、やがて少年は敷地の奥の古い塔へ、そしてその向こうの不思議な世界へと入っていきます。
後半の世界は、正直に言って、一度では追いきれませんでした。次々に出てくる生きものや場所が、何を意味しているのか、途中から考えるのをやめて、ただ浴びるように観ていたんです。
心が動いたところ
それでも、どうしても忘れられない場面がいくつかあります。
ひとつめは、眞人が母の遺した本を見つける場面です。表紙の裏に母からの言葉が書かれていて、少年はそれを読みながら、初めて声をあげずに泣く。映画のタイトルと同じ名前の、昔から読まれてきた本です。ここ、本当に、観ている自分より先に眞人が泣いてしまうので、こっちは泣くタイミングを失って、ただ喉の奥が固くなっていました。
ふたつめは、あの石の傷です。物語の最後のほうまで、傷はずっと眞人の頭に残っています。自分でつけた傷を、自分で抱えたまま歩いていく。誰かに責められるより、そのほうがずっと重いということを、この映画は説明しないまま見せてきます。
それから、アオサギです。最初は、ただ不気味な鳥として出てきます。眞人のまわりを飛び回って、からかうように話しかけてくる。それが、話が進むにつれて、だんだん憎めない相棒みたいになっていく。自分は、この鳥が出てくるたびに、なんだか少しだけ肩の力が抜けて、最後まで席を立たずに観ていられたのは、たぶんこの鳥のおかげだったんだと思います。
見終えてから三週間くらい、自分は通勤の電車でたびたびこの映画のことを考えていました。泣けなかったのに、ずっと考えている。これはこれで、心が動いたと言っていいんじゃないかと、今は思っています。
誰に浴びてほしいか
- 大切な人を亡くして、何年か経った人。悲しみが静かになってからのほうが、届くものがある気がします
- 自分の中の、うまく言えない怒りや意地の悪さを持て余している人
- 一度で分からなくても平気な人。分からなさを抱えて帰る映画です
いつ浴びるか
冬の、何も予定のない午後がいいと思います。観終わったあとに、すぐ誰かと話さなくていい時間を用意してください。自分は観たあと、近くのコンビニでカップ麺を買って、湯を入れて三分待つあいだに、やっと少し息ができました。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 君たちはどう生きるか |
| 監督・原作・脚本 | 宮﨑駿 |
| 制作 | スタジオジブリ |
| 公開 | 2023年7月 |
| 上映時間 | 約124分 |
近い気持ち
- 考え込みたい……分からなさを、分からないまま持ち帰る
- 寂しさに浸りたい……母を失った少年の、声を出さない泣き方
- やり直したくなりたい……自分でつけた傷と一緒に歩いていく
一月の感情浴会(第45回)はロクの進行で、記録は草餅がまとめてくれました。会では、自分がどこで分からなくなったかを正直に話したら、ほかのメンバーもけっこう同じところで迷っていて、それだけでずいぶん楽になりました。分からない映画を一緒に分からないまま話せるのは、この会のいいところだと思います。
