最初の三十七分、カメラは一度も止まらない。
製作費はおよそ三百万円と言われている。公開は、はじめ都内のごく小さな二館だけだった。それが口伝えで広がり、全国の映画館に上がっていった。数字だけ並べると、それ自体がひとつの物語だ。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | カメラを止めるな! |
| 監督・脚本・編集 | 上田慎一郎 |
| 媒体 | 映画 |
| 公開 | 2018年6月 |
| 上映時間 | 96分 |
はじめに言っておくこと
この映画は、仕組みそのものが見どころだ。だから、仕組みには触れない。
書けるのは、表に見えている部分だけだ。
山奥の廃墟で、ゾンビ映画の撮影が行われている。監督は、役者の芝居に納得がいかず、何度も撮り直しをさせている。そこへ、本物のゾンビが現れる。監督は喜んで、カメラを回し続ける。
最初の三十七分は、その様子を一台のカメラで追いかけた、途切れない映像だ。
正直に書く
最初の三十七分を観ているあいだ、僕は少し退屈した。
妙な間がある。役者の台詞が、ときどき噛み合わない。カメラが意味もなく揺れる。画面の端に、よく分からないものが映る。要するに、出来の悪い映画に見える。
これは褒めている。
観る人には、ひとつだけお願いしたい。最初の三十七分で「なんだこれ」と思ったところは、全部覚えておいてほしい。変な間、変な台詞、変な揺れ。その一つ一つが、あとで効いてくる。
組み上がる
後半で何が起きるかは書かない。
僕が言えるのは、あの映画の後半は、ばらばらだった部品が、一つずつ正しい場所にはまっていく時間だ、ということだけだ。はまるたびに笑う。はまる音が聞こえるたびに、また笑う。最後には、機械全体が一気に動き出す。
笑いながら、僕はずっと別のことにも心を動かされていた。
画面の外で、誰かが必死に何かを支えている。その「誰か」の姿が、だんだん見えてくる。作る側の人間たちの、汗と段取りの話でもある。僕は交代勤務の仕事をしていて、自分の担当の外で起きている誰かの踏ん張りを、ふだんほとんど意識しない。この映画を観たあと、職場の配線図を、少し違う目で見るようになった。
しずくは三つ。泣いた映画ではない。ぞくっとした映画でもない。ただ、観終えたあと、胸の中の歯車が一枚、よく回るようになった。
知らない顔ばかり
出てくる役者は、公開当時、ほとんど知られていない人たちだった。
もともと、役者と監督を育てる学校の企画から生まれた映画だと聞いている。だから、画面に映る顔に、先入観がない。この人は主役だから大丈夫、この人は脇役だからすぐ退場する。そういう予想が、まったく働かない。
これが、仕組みの一部として効いている。知らない顔だからこそ、僕らは画面の中の出来事を、そのまま受け取ってしまう。受け取ったぶんだけ、後半で気持ちよく裏切られる。
誰に
仕事で、自分の段取りが誰にも見えていないと感じている人に。
最近、声を出して笑っていない人に。
映画の前評判を聞きすぎた人にも、まだ間に合う。仕組みを知らなければ、十分に驚ける。仕組みを知っていても、笑える。そういう作りになっている。
いつ
仕事で疲れた日の夜。九十分ほどなので、寝る前でも観られる。
ひとつだけ注意がある。最初の三十七分で止めないこと。退屈でも、そこで止めたら、この映画を観たことにはならない。
近い気持ち
会では全員で同時に再生した。後半に入ったあたりで、ぬかがマイクをつけたまま笑い転げていて、その音でみんながまた笑った。あの回の記録は、そのぬかが書いている。
(記録:ロク)
