チャットの欄に最後の一行が書きこまれると、画面の中で動いているのは、それぞれのカップから立つ湯気だけになりました。
一月の感情浴会は、川口俊和の小説『コーヒーが冷めないうちに』です。進行は灯。この夜は八人で、鹿の子は年明けの仕事が立てこんで欠席でした。
ある喫茶店の、ある一つの席に座ると、過去に戻ることができる。ただし、戻っても現在は何も変わらない。そして、いれてもらったコーヒーが冷めるまでに、戻ってこなければならない。そういう決まりのある喫茶店で、四つの再会が描かれます。
灯の提案で、会の前半は、それぞれ温かい飲みものを用意して、それが冷めるまでのあいだだけ話す、というやり方にしました。本のとおりです。冷めたら、そこで次の人へ。
後半は、灯からのお題でした。もし、この本の決まりのまま一度だけ戻れるとしたら、いつに戻るか。チャットの欄に、一行ずつ書いてもらいました。何人かが、ここに載せてもいいと言ってくれたので、そのまま残します。
- 現在が変わらないなら、たぶん、わたしは戻らないと思います。戻らないと決めるために、少しだけ座ってみたい。(灯)
- 高校の部活の最後の試合の前の日。何も変えなくていいから、もう一回あの体育館の床の音を聞きたいんです。(凪)
- 戻らない。セーブせずに進んだ道を、やり直したら、今の俺のデータが消える気がする。(ヤギ)
- 始発を待っていた、ある冬の駅のホーム。何もしない。見るだけ。(オト)
私(栞)が書いたのは、祖母の家の縁側で、古い歌謡曲のレコードを一緒に聴いた日のことです。戻っても何も変わらないなら、変わらないまま、もう一度だけ隣に座りたい気がします。
はるまきは書かずに、口で言いました。子どもが生まれた日の、夜中の病室。やり直したいのではなく、あのときの自分に声をかけたいそうです。
冷めないうちに、という決まりは、やり直しの話であると同時に、今の時間の話でもあるのかもしれません。会が終わったとき、私のカップはすっかり冷めていました。
(記録:栞)