ラルム / 作品の記録

2026.11.06媒体 漫画記録 草餅

背中の梅干しは、自分では見えない 高屋奈月『フルーツバスケット』

同じ場面で三回泣いた
『フルーツバスケット』の表紙
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林の中に、小さなテントがひとつ。まわりには誰もいなくて、木の影だけが長い。

うちが『フルーツバスケット』を思い出すとき、最初に浮かぶのは、いつもこのコマなんだ。

テントの女の子

主人公の本田透は、高校一年生。お母さんを事故で亡くしたあと、いろいろな事情が重なって、ひとりでテントを張って暮らしている。そのテントの場所が、たまたま、草摩という一族の土地だった。

草摩の家に住んでいたのは、同じ学校の由希くんと、その親戚の紫呉さん。透はひょんなことから、その家で家事をしながら暮らすことになる。そして、あとから転がりこんでくる夾くんと一緒に、草摩の人たちが抱えている秘密を知ってしまう。異性に抱きつかれると、十二支の動物に姿が変わってしまう、という秘密。

最初は、ちょっと不思議で、にぎやかな話に見える。変身の場面は何度読んでも笑ってしまうし、由希くんと夾くんは顔を合わせるたびにけんかしている。うちは最初の数巻、ほとんど笑いながら読んでいた。

由希くんは、学校では王子様みたいに扱われているのに、家に帰ると、どこか息をひそめている。夾くんは、いつも怒っているのに、透が困っているときにだけ、ぶっきらぼうに手を貸す。紫呉さんは、何を考えているのか最後まで分からない大人。三人とも、最初に見えた顔と、あとから見えてくる顔が違う。コマとコマのあいだで、その顔が少しずつ入れかわっていくのが、この漫画のこわさで、やさしさなんだ。

でも、巻が進むにつれて、草摩の人たちが一人ずつ、自分の中の暗いところを見せてくる。変身の秘密は、ただの面白い設定じゃなかった。家の中の決まりや、親からかけられた言葉や、誰にも言えなかったことが、みんなの体に、ずっと重たく乗っかっている。

梅干しのこと

透は、その一人ひとりの話を、急がずに聞く。治そうとはしない。ただ、そばにいる。

うちがいちばん泣いたのは、透が小さいころの話をする場面。子どもの遊びの「フルーツバスケット」で、透だけ果物の名前をもらえなかった。そのかわりに当てられた呼び名が、おにぎりだった。フルーツの中に、おにぎりがひとつ。……それが、この漫画の題名の、もうひとつの意味なんだと思う。

それから、透がある人に話す、おにぎりの梅干しのたとえ。いいところは、背中についた梅干しみたいに、自分では見えない。でも、ほかの人にはちゃんと見えている。うちはその場面で、三回とも同じように泣いた。一回目は中学生のとき、二回目は就職する前の春、三回目が、この前の週末。

中学生のときは、いとこのお姉さんが実家に置いていった全巻を、夏休みに一気に読んだ。そのときは、透の優しさがまぶしいだけだった。いまは、透自身もずっと何かを我慢していたことのほうが、胸に残る。人の背中の梅干しを見つけるのが上手な子ほど、自分の背中は見えていないんだ。

結末には触れない。ただ、最後の巻まで読むと、最初のテントのコマの見え方が、少しだけ変わる。秋の夕焼け色みたいに。

今月は、うちが会の進行をする番で、泣きたい、の回になる。その準備で本棚の前に立っていたら、手が先にこっちの一巻に伸びていた。それで、この記録を先に書くことにした。

誰に、というなら、人の話を聞く側にばかり回っている人。自分のいいところなんてひとつもない、と思っている人。眠れない秋の夜に、一巻ずつ。全部で二十三巻あるから、急がなくていい。一巻読んだら、少し眠って、また次の夜に。

項目 内容
作品名 フルーツバスケット
作者 高屋奈月
連載 白泉社「花とゆめ」(1998年〜2006年)
巻数 全23巻

近い気持ち

(記録:草餅)

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