ラルム / 作品の記録

2020.12.20媒体 小説記録 鹿の子

「普通」の見取り図は、誰が描いたのか 村田沙耶香『コンビニ人間』

読み終えてからずっと考えている
『コンビニ人間』の表紙
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「普通」の人とは、いったい誰が描いた見取り図の上を歩いている人のことなのだろうか。

この小説を読み終えてから、筆者はその問いを、ほとんど毎日どこかで考えている。通勤の電車で、職場の廊下で、あるいはコンビニのレジに並んでいるあいだに。

主人公の古倉恵子は三十六歳で、大学生のころから十八年間、同じコンビニでアルバイトを続けている。恋愛の経験はなく、正社員になったこともない。家族や昔の友人は、彼女がいつ「普通」になるのかを、口には出さずに、あるいは出して、待っている。

ところで、この小説のいちばん奇妙な点は、恵子自身が、自分の暮らしに何の不満も抱いていないことだと思う。

恵子は子どものころから、周りの人がなぜそう感じるのか、なぜそう振る舞うのかが、うまく分からなかった。善かれと思ってしたことが、大人たちをひどく困らせる。その経験を重ねるうちに、彼女は自分から何かをするのをやめてしまう。そして大学生のとき、開店したばかりのコンビニで働き始め、初めて「どう振る舞えばよいか」が隅々まで書かれた場所に出会う。

マニュアルがあり、制服があり、決まった挨拶がある。店員という役を正しく演じているかぎり、恵子は世界の部品として、ちゃんとそこに収まっていられる。この場面の描写は奇妙に明るく、読んでいるこちらまで、蛍光灯の白い光に目を細めたくなる。

どこで心が動いたか

筆者が最初に動揺したのは、恵子の語りの落ち着きだった。

彼女は、周りの人の口調や服装を少しずつ写し取って、自分の「普通の人らしさ」を組み立てている。その手つきがあまりに淡々と書かれているので、最初は笑ってしまう。ところが読み進めるうちに、筆者は、自分もまた同じことをしているのではないか、という疑いから逃げられなくなった。職場で誰かの言い回しを借り、友人の前では友人に合わせた自分を出す。その組み立て方が、恵子とどれほど違うのか、正直なところ筆者にはうまく説明できない。

もうひとつは、途中から現れる白羽という男の存在である。白羽は、恵子とはまったく別のやり方で、「普通」の見取り図からはみ出している人物だ。そして二人の間には、ある奇妙な取り決めが結ばれる。

その取り決めが恵子の周りの人々にどう受け止められるか。そこで描かれる反応が、この小説でいちばん冷たく、いちばん可笑しい場面だろう。周りの人々の喜び方を読んでいるうちに、筆者はだんだん、誰の側に立って笑っていいのか分からなくなった。

結末には触れない。ひとつ確かなのは、この小説が最後にたどりつく場所は、読む人によって、救いにも、恐ろしさにも見えるということだ。会でも、二つの読み方ではっきり分かれた。

しずくを三つにしたのは、涙や興奮のように、読んでいる最中に大きく揺さぶられる作品ではないからである。そのかわり、頁を閉じてから効いてくる。

店の音について

もうひとつ書いておきたいのは、この小説に満ちている、店の音のことである。

入店を知らせる音、レジの音、商品を棚に並べる音、客の足音。恵子は、それらの音を聞き分けることで、店の状態を知り、自分がいま何をすべきかを知る。彼女にとって店の音は、建物の間取り図のように、世界を読み解くための手がかりになっている。

筆者はこの描写を読みながら、恵子を奇妙な人だと思う気持ちと、うらやましいと思う気持ちが、同じくらいの重さで並んでいることに気づいた。自分の居場所がこれほどはっきり分かっている人は、実のところ、そう多くないだろう。筆者の職場にも毎朝の決まった音はあるが、それを聞いて、ここが自分の場所だと思えたことは、正直なところ一度もない。

誰に浴びてほしいか

職場で、自分がひとつの役を演じているように感じる日がある人に。

「いつになったら」という周りの声に、疲れている人に。

あるいは、自分はずっと「普通」の側にいると信じている人にも。読み終えたとき、自分の足もとの床が、思っていたより薄いことに気づくかもしれない。

いつ浴びるか

仕事で疲れた日の帰り道か、ひとりの週末に。長い小説ではないので、移動のあいだに半分、家で残りの半分、という読み方でも十分に浸かれる。

ただ、読み終えた直後にコンビニへ行くと、いつもの店内の音が、少しだけ違って聞こえると思う。筆者はそうだった。

作品データ

項目 内容
作品名 コンビニ人間
作者 村田沙耶香
媒体 小説
発表 2016年7月(文藝春秋)
そのほか 第155回芥川賞。文春文庫あり

近い気持ち

十一月の感情浴会(第7回)で取り上げ、筆者が記録を書いた。進行は灯である。会のあと、灯から、あなたの記録は結末に一度も触れていないのに読みたくなる、と言われたのを、筆者は少し誇らしく覚えている。

(記録:鹿の子)

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