見開きの右の端で、小学生の女の子が、畳に並んだ札の一枚をじっと見ている。自分の名前と同じ音で始まる札。紅葉が川を流れていく歌の札なんだ。
うちはこのコマを、九月の終わりにもう一度見た。一巻から全部読み直すと決めた夜だった。
末次由紀さんの『ちはやふる』は、競技かるたの漫画。主人公の綾瀬千早は、小学六年生のとき、福井から転校してきた綿谷新に出会って、かるたを知る。幼なじみの真島太一と三人で、同じ畳の上で札を取り合う。でも卒業と一緒に、三人はばらばらになる。高校生になった千早は、もう一度あの畳の上に戻りたくて、かるた部をつくるところから始める。
札が飛ぶまでの、一秒のこと
かるたは、読まれた歌の決まった音が聞こえた瞬間に、札を払う競技。一試合のほとんどは、じっと待っている時間なんだ。
この漫画は、その待っている時間を描くのがすごくうまい。読む人の口が開く。千早の目が大きくなる。指先がほんの少し浮く。コマとコマのあいだで、みんなが息を止めているのが分かる。……そして次のページで、札が飛ぶ。見開きいっぱいに。
うちは運動が得意じゃない。なのに、このページをめくると、自分の手のひらまで熱くなる。畳の上の競技なのに、読み終えたあと、走ったあとみたいに肩で息をしていた。
好きなのは、強い人だけじゃなく、勝てない人の顔もちゃんと描かれていること。かるた部には、札を取るのが遅い子も、高校から始めた子もいる。負けた試合のあと、部室の隅で黙っている背中のコマが、うちにはいちばんこたえた。
太一もそう。どれだけ努力しても、届かない相手がいる。その悔しさを、太一はあまり口に出さない。出さないぶん、夕焼け色に見えるコマの中で、顔のほうが話している。
恋の話も、ちゃんとある。三人の気持ちは、札みたいにきれいには並ばない。ここは茶化さずに読みたいところだから、これ以上は書かないでおく。
最終巻を待つ秋
連載は、この夏に終わった。最終巻は十二月に出る。
うちは雑誌を買っていないから、終わり方をまだ知らない。知りたくないから、この数か月は、スマホで作品の名前が目に入らないように、薄目で画面を流していた。……結末だけ先に知ってしまうのが、うちはいちばん苦手なんだ。
だから今は、四十九巻を読み返しながら、最後の一冊を待っている。大学の帰りの電車で一冊、ひとりの週末に三冊。長いけど、長いから届く物語もあると思う。窓の外の山が少しずつ紅葉の色になっていくのを見ながら、秋の大会の巻を読んだ。
一滴舎に入って、まだ二か月。今月は初めて会の進行をすることになっている。作品はかるたとは関係ないけど、札の前で待つ千早の顔を思い出すと、少しだけ落ち着く。
しずくは、今は四つ。残りの一つは、最終巻を閉じたときのために取っておく。
すすめたいのは、何かを途中でやめてしまったことのある人。千早たちも、一度ばらばらになってから、もう一度同じ畳の上に戻ってくる。うちも、中学で続けていたことを、高校ではやめてしまった。この漫画を読むと、あのときの自分に、戻ってきてもいいよ、と言われている気がする。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | ちはやふる |
| 作者 | 末次由紀 |
| 連載 | 講談社「BE・LOVE」(2008年2号から2022年夏まで) |
| 巻数 | この記録の時点で49巻まで(最終50巻は2022年12月に発売予定) |
