一行で言う。最終週、小生は朝の八時から泣いていた。
四月から九月までの半年、平日の朝の十五分を、この作品に預けてきた。先週、それが終わった。今は、朝の十五分が妙に長い。
筋の骨組み
舞台は、戦前の高知。朝田のぶという、足の速い、まっすぐな女の子がいる。そして、のぶの幼なじみに、柳井嵩という、絵を描くのが好きな、気の弱い男の子がいる。
この二人が、戦争の時代をくぐり抜け、戦後を生き、やがて、あるパンの顔をしたヒーローが生まれるまでの話である。
あのヒーローを知らない人は、たぶんいない。この作品は、その生みの親となった夫婦を下敷きにしている。だが、その名前がちらりと見えてくるのは、ずっと後半になってからだ。そこまでの長い道のりが、この作品の本体なのだ。
辛いところ
朝のドラマだと思って、甘く見ていた。
戦争の場面が、しっかりと重い。のぶは、学校の先生になる。そして、国の言うことを正しいと信じて、子どもたちにそれを教えてしまう。嵩は、兵隊として海の向こうへ行く。飢えと、恐ろしさと、仲間を失う経験をする。
戦争が終わったあと、のぶは、自分が子どもたちに教えたことと向き合わなければならなくなる。ここが、この作品のいちばん辛いところで、いちばん大事なところであった。正しいと信じたことが、間違っていたとき、人はどうやって立ち上がるのか。脚本が、そこから逃げない。辛さが、あとからじわじわ効いてくる。
効いたところ
嵩という男が、とにかくいい。
弱い。臆病だ。何をやっても、うまくいかない。それでも、描くことだけはやめない。そして、戦場で飢えを知った男が、やがて、飢えた人に自分の顔を食べさせるヒーローを描く。この一本の線がつながったとき、小生は画面の前で箸を置いた。朝食の途中であった。
それから、のぶ。戦後、新聞の仕事をしながら、嵩の背中を叩き続ける。叩き方が、強い。ときどき痛そうだ。だが、あの強さがなければ、嵩は描き続けられなかったのだと思う。
最終週については、詳しく書かない。ただ、半年分の朝が、一度に押し寄せてきた。来週まで待てない、どころか、明日の朝まで待てなかった。
脇の人々
脇の人物がまた、しびれる。のぶの家族。ぶっきらぼうな祖父。明るい母。嵩を育てる伯父の医者。そして、町にふらりと現れたパン職人。この男が焼くあんぱんが、題名の由来であり、二人の人生の、最初の一口になる。
嵩の弟のことも書いておく。兄よりずっと出来がよく、兄を慕い、そして戦争の中で、ある道を選ぶ。彼の場面は、あとから効く辛さの中でも、いちばん長く舌に残った。何が起きるかは書かない。小生はその週、朝食を半分残した。
主題歌のこと
毎朝、冒頭に流れる主題歌も、半年のあいだにずいぶん味が変わった。四月には、ただ明るい朝の歌に聴こえた。夏には、戦争の場面のあとで、同じ歌が少し苦く聴こえた。九月には、もう、前奏だけで胸にくる。同じ一皿を毎日食べていると、日によって味が違うことに気づく。あれと同じである。
浴びてほしい人
- 正しいと思ってやったことを、あとから悔やんでいる人
- 自分は弱い、と思っている人。嵩を見てほしい
- 新しい生活を始めたばかりで、毎朝の区切りがほしい人
いつ浴びるか
休日の朝に、まとめて観るのもいい。だが、小生は、平日の朝に一話ずつをすすめる。十五分で一日が始まる。半年続けると、それが体の一部になる。終わったときの喪失感も含めて、この作品の味なのである。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | あんぱん(連続テレビ小説) |
| 放送 | 2025年3月〜9月 |
| 脚本 | 中園ミホ |
| 出演 | 今田美桜、北村匠海 ほか |
近い気持ち
この作品は、会ではまだ取り上げていない。十二月のしずく大賞では、ドラマ部門の取りまとめを小生が担当する。票の行方はまだ分からないが、少なくとも小生の一票は、もう決まっている。
