合いびき肉を三百グラム、仕事帰りにあわてて買ってきたのは、三度目に読み終えた翌日のことでした。
ハンバーグを作る回を読み返していたのです。玉ねぎを刻んで、炒めて、冷まして、肉とこねて、丸めて、焼く。書いてしまえばそれだけの手順を、この漫画の三人は、一話かけて、ひとつずつおそるおそる進めていきます。わたくしはそれを見ているうちに、自分でもこねたくなってしまいました。
四年前、わたくしはこの漫画を二度、会の冊子と特集に入れています。春の選書と、雨の日の特集です。どちらも、最初の土鍋のごはんのことを書きました。今回は、その先のことを書いておきたいと思います。
包丁をにぎれない人
妻を亡くした高校の数学の先生、犬塚公平さんと、幼稚園に通う娘のつむぎちゃん。料理がほとんどできない公平さんは、娘にちゃんとしたごはんを食べさせてあげられていないことを、ずっと気にしています。
そこへ、教え子の飯田小鳥さんが加わります。小鳥さんのお母さんは、料理の仕事をしている人で、小さなお店を持っている。けれど、お母さんは忙しくて、お店にはほとんどいません。小鳥さん自身も、料理がうまいわけではない。それどころか、昔のあるできごとから、包丁を持つのがこわいのです。
包丁をにぎれない人と、にぎりかたを知らない人。この二人と小さな女の子が、閉まったお店の台所で、毎回ひとつずつ料理を覚えていく。わたくしは、この組み合わせに何度読んでも胸を打たれます。
包丁の場面になると、公平さんが刻み、小鳥さんがそれを見ている。小鳥さんは鍋をかきまぜ、味をみて、火を見る。できないことを、できる人がそっと引き受ける。それを誰も責めない。台所というのは、本来こういう場所なのだと思います。
つむぎちゃんも、ただ食べるだけの子ではありません。卵を割る、野菜をちぎる、お皿を並べる。小さな手に合った仕事を、ちゃんと任されていく。ぬか床を子どもにかき混ぜさせると、手の温かさでよく漬かる、と祖母が言っていたのを思い出しました。
三度目に読んで
一度目は、土鍋のごはんの湯気にやられました。二度目は、亡くなった人の気配が、ときどき台所にふっと影を落とすところに、はっとしました。
三度目の今回は、公平さんの顔ばかり見ていました。
先生として、父親として、ちゃんとしなくては、と思っている人です。けれど台所では、うまく切れない、焦がす、味が薄い。それを娘に見られても、教え子に見られても、公平さんは隠しません。できないまま台所に立ちつづける大人の姿が、わたくしには、どんな料理の手順よりも頼もしく見えたのでありました。
小鳥さんのことも、前より近くに感じました。お母さんの帰りを待ちながら、ひとりで食べることの多い子です。三人で台所に立つ時間は、つむぎちゃんのためであると同時に、小鳥さんのための時間でもある。誰かのために作るごはんは、作った人のことも温めるのだと、わたくしはぬか床をかきまぜるたびに思います。
仕事で疲れた日の夜、何も作る気が起きないときに、一話だけ読むのがいいと思います。読み終えるころには、冷蔵庫の中身を思い出しはじめているはずです。秋は、玉ねぎがおいしい季節でもあります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 甘々と稲妻 |
| 作者 | 雨隠ギド |
| 連載 | 講談社「good!アフタヌーン」(2013年〜2018年) |
| 巻数 | 全12巻 |
| アニメ | 2016年7月からテレビアニメが放送 |
近い気持ち
ハンバーグは、少し焦がしました。白いごはんが、よくすすみました。
