ラルム / 作品の記録

2026.10.10媒体 漫画記録 ぬか

包丁をにぎれない人と、にぎりかたを知らない人の台所 雨隠ギド『甘々と稲妻』

合いびき肉を買いに走った
『甘々と稲妻』の表紙
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合いびき肉を三百グラム、仕事帰りにあわてて買ってきたのは、三度目に読み終えた翌日のことでした。

ハンバーグを作る回を読み返していたのです。玉ねぎを刻んで、炒めて、冷まして、肉とこねて、丸めて、焼く。書いてしまえばそれだけの手順を、この漫画の三人は、一話かけて、ひとつずつおそるおそる進めていきます。わたくしはそれを見ているうちに、自分でもこねたくなってしまいました。

四年前、わたくしはこの漫画を二度、会の冊子と特集に入れています。春の選書と、雨の日の特集です。どちらも、最初の土鍋のごはんのことを書きました。今回は、その先のことを書いておきたいと思います。

包丁をにぎれない人

妻を亡くした高校の数学の先生、犬塚公平さんと、幼稚園に通う娘のつむぎちゃん。料理がほとんどできない公平さんは、娘にちゃんとしたごはんを食べさせてあげられていないことを、ずっと気にしています。

そこへ、教え子の飯田小鳥さんが加わります。小鳥さんのお母さんは、料理の仕事をしている人で、小さなお店を持っている。けれど、お母さんは忙しくて、お店にはほとんどいません。小鳥さん自身も、料理がうまいわけではない。それどころか、昔のあるできごとから、包丁を持つのがこわいのです。

包丁をにぎれない人と、にぎりかたを知らない人。この二人と小さな女の子が、閉まったお店の台所で、毎回ひとつずつ料理を覚えていく。わたくしは、この組み合わせに何度読んでも胸を打たれます。

包丁の場面になると、公平さんが刻み、小鳥さんがそれを見ている。小鳥さんは鍋をかきまぜ、味をみて、火を見る。できないことを、できる人がそっと引き受ける。それを誰も責めない。台所というのは、本来こういう場所なのだと思います。

つむぎちゃんも、ただ食べるだけの子ではありません。卵を割る、野菜をちぎる、お皿を並べる。小さな手に合った仕事を、ちゃんと任されていく。ぬか床を子どもにかき混ぜさせると、手の温かさでよく漬かる、と祖母が言っていたのを思い出しました。

三度目に読んで

一度目は、土鍋のごはんの湯気にやられました。二度目は、亡くなった人の気配が、ときどき台所にふっと影を落とすところに、はっとしました。

三度目の今回は、公平さんの顔ばかり見ていました。

先生として、父親として、ちゃんとしなくては、と思っている人です。けれど台所では、うまく切れない、焦がす、味が薄い。それを娘に見られても、教え子に見られても、公平さんは隠しません。できないまま台所に立ちつづける大人の姿が、わたくしには、どんな料理の手順よりも頼もしく見えたのでありました。

小鳥さんのことも、前より近くに感じました。お母さんの帰りを待ちながら、ひとりで食べることの多い子です。三人で台所に立つ時間は、つむぎちゃんのためであると同時に、小鳥さんのための時間でもある。誰かのために作るごはんは、作った人のことも温めるのだと、わたくしはぬか床をかきまぜるたびに思います。

仕事で疲れた日の夜、何も作る気が起きないときに、一話だけ読むのがいいと思います。読み終えるころには、冷蔵庫の中身を思い出しはじめているはずです。秋は、玉ねぎがおいしい季節でもあります。

項目 内容
作品名 甘々と稲妻
作者 雨隠ギド
連載 講談社「good!アフタヌーン」(2013年〜2018年)
巻数 全12巻
アニメ 2016年7月からテレビアニメが放送

近い気持ち

ハンバーグは、少し焦がしました。白いごはんが、よくすすみました。

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