一行目の声が、海の底から聞こえてくるように低かったのです。
童話の朗読だと聞いていたので、ぼくはもっと明るい声を思い浮かべていました。けれど最初の数行は、北の海の、つめたくて暗い水の話でした。雨の夜で、雨戸を閉めた部屋の中にいても、波の音がしているような気がしました。
人魚の母のねがい
小川未明が大正の時代に書いた、短い童話です。朗読で、二、三十分ほどでしょうか。
北の海に、人魚の女が住んでいます。身ごもっていて、子どもが生まれようとしている。けれど彼女は、自分の子を、このさびしい海で育てたくないと考えます。人間の世界は、やさしいところだと聞いている。だから、生まれた子を、陸に託そうと決めるのです。
ここの声が、とてもよかった。母のねがいを語る声は、やさしいのに、どこか遠い。決めてしまった人の声でした。ぼくは、柱時計の振り子を見ているような心地で聴いていました。
ろうそく屋の娘
人魚の子は、海辺の町で、ろうそくを売る老夫婦に拾われます。
娘は大きくなり、白いろうそくに、赤い絵の具で絵を描くようになります。その絵のついたろうそくが、町でたいそう評判になる。ろうそくを山の上のお宮にあげると、海で災難にあわない、と言われるようになるのです。
ここまでは、ほとんど昔話のように聴けます。娘はおとなしく、老夫婦は信心深い。町は、少しずつにぎわっていきます。
声が変わる一瞬
途中で、町に見知らぬ男がやってきます。
その男の話が始まったところで、読み手の声が、ほんの少しだけ明るくなりました。愛想のいい声です。ぼくは、そこで背中がひやりとしました。物語の中の人たちより先に、耳のほうが、何かがおかしいと気づいてしまったのです。
そこから先のことは、書かないでおきます。人間の世界はやさしいところだ、という母のねがいが、どうなるのか。それは、ぜひ声で聴いてください。
結末は、こわいです。けれど、ぼくがいちばん長く覚えているのは、結末そのものより、そこへ向かっていく途中の、人の心の変わり方でした。誰かが急に悪人になるのではありません。少しずつ、ほんの少しずつ、ずれていくのです。
耳で聴くということ
目で読むと、この童話は数頁で終わってしまいます。けれど耳で聴くと、言葉と言葉のあいだに、海の音が入りこんできます。
ぼくは倍速では聴かない主義ですが、この話は、とくにそうでした。待たされるあいだに、聴いているこちらの心まで、少しずつ試されている気がしたのです。
聴き終えたあと、机の上の小さなろうそくに、しばらく火をつけたままにしていました。吹き消すのが、なぜか、こわかったのです。
浴びてほしい人
- 童話は子どものもの、と思っている人
- 静かにこわい話が好きで、血の出る話は苦手な人
- 雨の夜に、ひとりで声だけを聴きたい人
浴びる時間
雨の夜に。部屋を暗くして、できれば最後まで止めずに。眠れない夜に聴くと、波の音が耳に残ります。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 赤いろうそくと人魚 |
| 作者 | 小川未明 |
| 発表 | 1921年(新聞に連載) |
| 聴いたもの | 朗読(読み手の名前は書きません)。文字で読むなら偕成社文庫などで |
十一月になりました。今月の会の作品は、もう決まっているそうです。ぼくは、まだ何も聞いていません。
