十字キーの感触が、思っていたよりずっと軽かった。
俺が生まれる前に出たゲームだ。当時の本体は持っていないから、今の機械で遊べる形を探して、はじめて触った。指の置き場所に慣れるまで、少しかかった。
それなのに、遊んでいるあいだ、ずっと懐かしかった。知らないはずの夏休みが、画面の向こうにあった。
夜中に落ちてきたもの
『MOTHER2 ギーグの逆襲』は、オネットという田舎町に住む少年、ネスの話だ。
ある夜、家の裏山に隕石が落ちてくる。見に行ったネスは、そこで未来から来たという小さな虫のような生きものに出会い、世界が大変なことになると告げられる。そして、野球のバットを持って、旅に出る。
旅の途中で、仲間が三人加わる。不思議な力を持つ女の子、ポーラ。機械いじりの得意な少年、ジェフ。遠い国の王子、プー。四人で、いくつもの町を渡り歩いていく。
敵は、町の不良だったり、野良犬だったり、カラスだったりする。途中から、だんだん妙なものになっていく。そのへんの並び方が、とにかく可笑しい。
手が止まったところ
このゲームには、「家」がずっとついてくる。
旅の途中、どこにいても、電話をかけるとお父さんが出る。冒険の記録を残してくれるのはお父さんだ。そして、長く遊んでいると、そろそろ休んだらどうだ、という意味のことを言ってくる。ゲームの中の父親に、休憩をすすめられる。最初は笑った。
家に帰れば、お母さんがいる。ゲームを始めるときに、ネスの好きな食べものを決めておくと、家に帰ったお母さんがそれを作ってくれる。俺はそこに、実家でよく出てきた煮物の名前を入れた。
旅が長くなると、ネスがホームシックにかかることがある。そうなると、戦闘中にぼんやりして動けなくなったりする。治すには、家に電話をかけて、お母さんの声を聞けばいい。
ここで一回、コントローラーを置いた。
ゲームの主人公が、家が恋しくて動けなくなる。そんな仕組みを、俺はそれまで一度も見たことがなかった。そして、ネスを治すために電話をかけながら、俺は自分がしばらく実家に電話をしていないことを思い出していた。
懐かしい、の正体
このゲームの懐かしさは、たぶん、遊んだことがあるかどうかと関係ない。
夏休みの夜、知らない町のにおい、友だちと自転車でどこまでも行った日。誰にでもあるそういう記憶の、いちばん大事なところだけを取り出して、道と町に並べてある。だから、生まれる前のゲームなのに、俺の分の夏休みもちゃんとそこにあった。
最後の戦いについては書かない。遊び終えた人とだけ、話したい場面がある。
誰に
遠くで暮らしていて、しばらく家族に連絡していない人。
古いゲームは遊びにくい、と思っている人にも。操作は覚えることが少ない。敵も、昔のゲームにしてはかなり優しい。
いつ
夏の夜。ひとりの週末に、少しずつ進めるのがいい。一気に終わらせるより、何週間かかけて、ネスと一緒に遠くまで行くほうが似合っている。
眠れない夜に、少しだけ町を歩くのもいい。夜のオネットの音楽は、やけに落ち着く。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | MOTHER2 ギーグの逆襲 |
| ゲームデザイン・シナリオ | 糸井重里 |
| 販売 | 任天堂 |
| 媒体 | ゲーム |
| 発売 | 1994年8月(スーパーファミコン) |
近い気持ち
- 懐かしみたい……知らないはずの夏休み
- 遠くへ行きたい……バットを一本持って、いくつもの町へ
- 誰かに会いたくなりたい……ホームシックを治す電話
七月の感情浴会(第27回)で、俺の進行で取り上げた。記録は灯。灯は、ゲームは十年ぶりくらいだと言っていたが、最初の町を出るのが誰より遅かった。寄り道ばかりしていたらしい。
会のあと、俺は実家に電話をかけた。ネスほどは困っていなかったが、話したら少し軽くなった。
(記録:ヤギ)
