ラルム / 作品の記録

2025.03.09媒体 エッセイ記録 ぬか

桃の缶詰を開ける前に、もう笑っていた さくらももこ『もものかんづめ』

夜食の箸が止まった
『もものかんづめ』の表紙
Amazon で見る

戸棚の奥をかき回して桃の缶詰を探したのは、最後の一篇を読み終えてすぐのことでした。

風邪で寝こんだ日に、母が枕もとに持ってきてくれた、あの白桃の缶詰です。ガラスの器に移して、シロップごとスプーンですくう。熱のある舌に、つめたくて甘いのがしみる。わたくしにとって桃の缶詰は、弱っているときの食べものです。

この本の題名を見るたびに、わたくしはその味を思い出していました。そして実際に読んでみると、弱った心に効くところまで、ほんとうに缶詰そっくりの本でありました。

さくらももこさんの、最初のエッセイ集です。学生のころのこと、家族のこと、自分の体のことなどが、一篇ずつ短く書かれています。どれも大きな事件ではありません。水虫が治らなくて、ありとあらゆる手を試してみる話。家族の中の、ちょっと困った人の話。書き手がまじめに悩めば悩むほど、読んでいるこちらは笑ってしまう。

わたくしが好きなのは、書き手が自分をまったく飾らないところです。うまくいかなかったこと、みっともなかったこと、恥ずかしかったこと。そういうものを、ぬか床から引き上げた漬けものをそのまま切って出すみたいに、手を加えずに並べてくれる。なのに、ちゃんと味がしみている。

夜ふけに読んでいて、何度か声が出ました。夜食のおにぎりを片手に持ったまま、箸ならぬ手が止まったのです。ひとくち目を口に入れたところで笑ってしまい、むせました。食べものを粗末にするのは本意ではないので、そこからは読むのと食べるのを分けました。

ひとつ、書いておきたい一篇があります。書き手の祖父が亡くなったときの話です。ふつうなら、しんみりと書かれるところでしょう。けれど書き手は、生前の祖父のことを遠慮なく書き、亡くなったあとの家族のようすも、見たままに書きます。笑ってはいけない場面で、家族そろって笑いをこらえきれなくなる。読みながら、わたくしも笑いました。笑ったあとで、少しだけ、身内を見送ったときのことを思い出しました。あのときも、誰かが小さく笑った気がします。悲しい日にも、おかしいことは起きる。この本は、それを隠さずに書いていいのだと教えてくれます。

文章のことも、少しだけ書いておきます。書き手の文は、とても読みやすい。むずかしい言葉を使わず、ひとつの話を、まるで台所で立ち話をしているような調子で進めていきます。それなのに、ここぞというところで、ぴたりと止める。ぬか漬けを切るときの、包丁の入れどころのようなものです。笑いのあとに、ほんの一行だけ、しんみりした文が置かれていることがあって、わたくしはそういう一行に何度か手を止めました。

子どものころ、テレビの向こうで見ていたあの一家の、もとになった人たちのことを、大人になってから文章で知る。それは、ふしぎな味わいでした。知っているはずの家族なのに、少しだけ知らない家族でもある。

しずくは三つにしました。泣いたわけではありません。ただ、固くなっていたものが、ぬか漬けの大根のように、いい具合にしんなりしたのです。

こんな人に

  • 熱を出して寝ている人。一篇が短いので、眠くなったらいつでも閉じられます
  • 仕事で疲れて、何も考えたくない夜の人
  • 子どものころにアニメを観ていて、書き手の文章はまだ読んだことがない人

こんなときに

熱を出した日の、少し熱が下がりはじめた午後がいちばんです。つめたい缶詰の桃を用意して、一篇読んでは一切れ。仕事で疲れた日なら、湯船の中で数篇だけ。

作品データ

項目 内容
書名 もものかんづめ
著者 さくらももこ
刊行 1991年3月(集英社)
種類 エッセイ集

近い気持ち 笑いたい/ほどけたい/懐かしみたい

二月の感情浴会(第58回)は、わたくしが進行をつとめました。記録は栞さんです。会ではみなさんに「いちばん笑った一篇」を挙げてもらったのですが、祖父の話を挙げた人がいちばん多く、次が水虫の話でした。白いごはんが欲しくなる本ではありませんが、桃の缶詰は確実に欲しくなります。

作品の記録に戻る