ラルム / 読みもの

2024.02.17文 めじろ

「ちょっとだけ」を、上の子に読んだ夜

寝る前に読んでと上の子が持ってきたのは、その週だけで五回目の、同じ一冊でした。

去年のはじめに下の子が生まれて、あたしは会を九か月お休みしました。十月に戻ってきてから、四か月がたちます。そのあいだに、家の中の毎日は、すっかり形を変えました。今日は、その形の変わり目に、一冊の絵本がそっと入りこんできた話を書いておきます。

どんな絵本か

瀧村有子さんの文、鈴木永子さんの絵の『ちょっとだけ』という絵本です。

なっちゃんという女の子の家に、赤ちゃんが生まれます。お母さんは赤ちゃんのお世話でいそがしくなって、なっちゃんは、それまでお母さんにしてもらっていたことを、ひとつずつ、自分でやってみるようになる。牛乳をコップにそそいだり、パジャマのボタンをとめたり。うまくいくこともあるし、うまくいかないこともある。どれも、ちょっとだけ、できるんだなあ。

大きな事件は起きません。ただ、なっちゃんの小さながんばりが、ページをめくるたびに、一枚ずつ重なっていきます。そして最後のほうで、なっちゃんは、がまんしていたことを、ひとつだけお母さんにお願いする。

その場面のことは、ここには書かないでおきます。読み聞かせのとき、あたしはいつも、そのページで声が細くなってしまうから。

上の子が、この本を選んだ

この絵本は、あたしが選んだものではありません。

図書館の絵本の棚で、上の子が自分で見つけてきたのです。表紙の女の子の絵が、自分と同じくらいの年に見えたのかもしれません。それから、毎晩のように、これを読んでと持ってくるようになりました。

最初のうち、あたしは何も考えずに読んでいました。赤ちゃんが生まれて、お姉ちゃんになる子の話。うちと同じだね、くらいの気持ちで。

三回目か四回目に読んだ夜、ふと気づきました。上の子は、なっちゃんががんばる場面では、じっと黙って絵を見ている。そして最後の、あのお願いの場面になると、いつも、あたしの腕に体をぐっと押しつけてくるのです。

ああ、そうか、と思いました。この子は、この本を借りて、あたしに何かを言おうとしているのかもしれない。

ほつれていたもの

下の子が生まれてから、あたしは上の子に、たくさんのことを「自分でやってね」と頼んできました。着替えも、歯みがきも、寝る前の準備も。上の子は、文句も言わずにやってくれていました。えらいね、と言うと、うれしそうにしていました。

でも、それは、なっちゃんと同じだったのかもしれない。ちょっとだけ、がまんして。ちょっとだけ、さびしくて。

五回目にこの本を読んだ夜、あたしは最後のページを閉じてから、上の子をしばらく抱きしめていました。上の子は、なにも言いませんでした。あたしも、なにも言えませんでした。毛布のはしが、ふたりの足のあいだでくしゃくしゃになっていました。

絵本の言葉を借りなければ言えないことが、子どもにも、大人にもあるんだなあ。

大人のための「ちょっとだけ」

この絵本を、会のみんなにも話しました。灯は、読んだあとで少しだけ黙ってから、自分にも覚えがある気がする、と言っていました。凪は、途中で声がつまって、最後まで話せませんでした。

子どもの本ですが、あたしはこの一冊を、大人にこそ読んでほしいと思っています。

新しい家族ができたとき。職場に新しい人が入ってきて、自分の居場所が少し変わったとき。何かを「自分でやらなきゃ」とがんばり続けて、誰にも甘えられなくなっているとき。そういうときに、なっちゃんの小さながんばりは、読む人の心のほつれに、そっと針を通してくれる気がします。

読むなら

読み聞かせなら、五分ほどで終わります。ひとりで読むなら、もっと短いかもしれません。

できれば、声に出して読んでみてください。ひとりでも。自分の声で読むと、なっちゃんのがまんが、自分のがまんと重なって聞こえてきます。

最後のページをめくる手が、ゆっくりになったら。その夜は、誰かに、ちょっとだけ甘えてもいいのだと思います。

(めじろ)

読みものに戻る