十一対一。最初の投票の数だ。
部屋はひとつ。窓が少し。机が一つと、椅子が十二。九十六分のほとんどを、カメラはそこから出ない。それでも、僕は途中で一度も時計を見なかった。
夏の午後の陪審員室
ニューヨークの裁判所。父親を刺し殺した罪に問われた、十八歳の少年の裁判が終わる。
評決を決めるのは、十二人の陪審員だ。全員一致でなければならない。有罪なら、少年は死刑になる。
暑い日だ。部屋の扇風機は、最初は回らない。男たちは上着を脱ぎ、汗を拭き、早く帰りたがっている。野球の試合の券を持っている者もいる。証拠はそろっている。証人もいる。投票すれば、すぐに終わるはずだった。
手を挙げなかったのが、一人。陪審員八番だ。ヘンリー・フォンダが演じている。
彼は、少年が無実だと言っているのではない。分からない、と言う。分からないまま、人の命を五分で決めたくない。だから少し話そう、と。
歯車を一つずつ外す
要するに、組み上がった機械を分解していく映画だ。
検察の話は、よくできた機械に見える。凶器のナイフ。向かいの部屋から見ていたという女。階下で叫び声を聞いたという老人。部品はそろっている。噛み合っている。
八番は、その歯車を一つずつ外して、光にかざす。本当にこの形か。本当にここに嵌まるか。答えを出すのではない。疑いを置くだけだ。
外された歯車を見て、ほかの十一人が一人ずつ動く。その動き方が、全員違う。
理屈で動く者がいる。年寄りで、八番に最初に味方する者がいる。何も考えていなかったと気づく者がいる。最後まで怒鳴り続ける者もいる。その怒りの根っこが何なのかは、終盤まで見えない。
画面の端の汗
カメラは、時間とともに少しずつ低くなる。最初は男たちを上から見ている。終わりのほうでは、下から顔を見上げている。部屋が狭くなっていくように見える。天井が迫ってくるように見える。
汗も増える。シャツの色が変わっていく。外では、途中から雨が降り出す。
僕は、映画の途中で一度だけ止めた。八番が、ポケットからあるものを出す場面だ。止めて、缶コーヒーを開けた。それから続きを観た。
観終えて残るもの
結末は書かない。白黒の、六十年以上前の映画だ。それでも、観終えたあとの胸の中は、新しい映画を観たあとと同じくらい忙しかった。
すっきりした。それは確かだ。けれど、すっきりの下に、考え込むものが残る。僕は最初の投票で、どちらに手を挙げただろう。たぶん、十一のほうだ。夜勤明けで、早く帰りたい日なら、なおさら。
この映画は、その「早く帰りたい」を責めない。ただ、そこから一歩だけ、話をしようと言う。
浴びてほしい人
- 会議で、言いたいことを飲みこんだまま帰ってきた人
- 古い映画は退屈だと思っている人。九十六分は短い
- 一つの部屋だけで進む話が好きな人
浴びる時間
ひとりの週末の夜に。途中で止めずに観るほうがいい。部屋の暑さと、外の雨の順番ごと、浴びてほしい。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原題 | 12 Angry Men |
| 監督 | シドニー・ルメット(初めての長編映画) |
| 脚本 | レジナルド・ローズ(自作のテレビドラマが元) |
| 出演 | ヘンリー・フォンダ、リー・J・コッブ、E・G・マーシャル ほか |
| 公開 | 1957年(日本は1959年) |
| 上映時間 | 96分(白黒) |
近い気持ち
会では取り上げていない。いつか「考え込みたい」の回で出したい。いまの一滴舎は十三人。十二人の役が足りて、一人は記録に回れる。
