寝る前に読んでとせがまれて、その夜はこれで三回目でした。もうすぐ二歳になるむすめは、まだおはなしの筋はよく分かっていません。それでも、あるページになると、決まってひざの上でからだを前にのりだします。
大きなカステラが焼きあがる、あのページです。
どんなおはなし
のねずみのぐりとぐらは、大きなかごを持って森へ出かけます。どんぐりや栗をひろって、お砂糖をたっぷり入れて煮ようね、なんて話しながら。
そこで、道のまんなかに、とても大きなたまごを見つけます。ふたりよりも大きいたまごです。はこぼうとしても、重くて動かない。ころがせば、割れてしまうかもしれない。
そこでふたりは考えて、たまごのほうを動かすのをやめて、うちから大きなおなべや材料を持ってくることにします。森のまんなかで、火をおこして、カステラを焼くんです。
焼いているあいだに、いいにおいが森じゅうに広がって、いろんなどうぶつたちが集まってきます。
手ざわりのこと
この絵本の好きなところは、ぜんぶが手でさわれそうなことです。
ふたりの着ている青と赤の服。大きなかご。重たそうなおなべ。どうぶつたちの毛のふわふわ。そして、ふたをあけたときの、黄色くてふっくらしたカステラ。読み聞かせのとき、あたしはついそのページを指でなでてしまいます。毛布の端っこをなでるみたいに。
むすめはまだ、カステラを食べたことがありません。それでも、そのページでは、口をあーんとあけます。においがするんだと思います。絵本からにおいがするって、ほんとうにあることなんだなあ。
大人が読むと
あたしがはじめてこの絵本を読んでもらったのは、たぶん四つか五つのころです。そのときは、カステラのことしか覚えていませんでした。
大人になって、自分の声で読んでみて、気づいたことがあります。ぐりとぐらは、うまくいかないことがあっても、ぜんぜんあわてないんです。たまごがはこべない。じゃあ、おなべをはこぼう。できないことを嘆くより先に、できる方法をさがしている。そのかろやかさが、子育てで毎日なにかがうまくいかないあたしには、ちょっとまぶしかったです。
それから、カステラをみんなで分けるところ。ふたりは、来たどうぶつを一匹も追い返しません。だれが来ても、ひときれずつ。それがあたりまえのように描かれていて、読んでいるこちらの肩の力がふっと抜けました。
最後のページには、たまごのからのちょっとしたつかいみちが出てきます。むすめは、そこでいつも笑います。
もうひとつ、大人になって気づいたのは、ふたりが最初から最後まで、ずっといっしょに動いていることでした。どちらかが先に行ってしまうことも、どちらかが待たされることもない。たまごを見つけるのも、おなべをとりに帰るのも、火をおこすのも、ふたりいっしょ。読み聞かせのとき、あたしはふたりのせりふを、ちょっとだけ声を変えて読みわけています。むすめはまだ、どっちがぐりで、どっちがぐらか分かっていません。あたしも、ときどきあやしいです。それでいいんだなあ、と思っています。ふたりでひとつ、みたいなおはなしですから。
だれに
- 熱を出した日に、やわらかいものを読みたい人。子どもでも、大人でも
- 子どものころに読んでもらったきり、ひらいていない人
- 毎日なにかがうまくいかなくて、あせっている人
いつ
熱を出して寝ている日の、少し元気が戻ってきた午後に。それから、休みの日の朝ごはんの前に読むと、ほんとうにおなかがすきます。あたしはこの記録を書くまえに、ホットケーキを焼いてしまいました。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 書名 | ぐりとぐら |
| さく | 中川李枝子 |
| え | 大村百合子(のちの山脇百合子) |
| 発表 | 1963年(月刊の絵本「こどものとも」として) |
| 出版社 | 福音館書店 |
近い気持ち
十一月の感情浴会(第55回)は、あたしが進行をつとめました。記録はこはぜくん。会では、みんなが自分の「ぐりとぐらのカステラの思い出」を話してくれて、画面のむこうで何人もがおなかを鳴らしていました。
