ボタンを押す親指が、汗で少しすべった。ジャンプ、空中で斜めにダッシュ、壁をつかむ。その三つを、同じ順番で何百回も押した。
山に登る、それだけ
マデリンという女の子が、セレステ山という山に登る。話は、ほとんどそれだけだ。
なぜ登るのかは、はっきり言わない。ふもとで会ったおばあさんに、やめておいたほうがいい、という顔をされても、登る。登らないといけない気がしている。理由をうまく言えないまま、とにかく上を目指す。その感じは、俺にも少し分かる。
操作は、ジャンプとダッシュと壁のぼりだけ。一画面ごとに、とげと穴と崩れる足場が待っている。触れたら一瞬で落ちて、その画面の入り口からやり直し。待ち時間は、ほとんどない。落ちた次の瞬間には、もう同じ場所に立っている。
小さな画面の、昔のゲームみたいな見た目だ。なのに、手ざわりはやけに細かい。壁をつかんでいられる時間が、ちゃんと決まっている。ダッシュは、空中で一回だけ。その一回を、どこで使うか。
数えられている
章の終わりに、その章で何回落ちたかが出る。
最初の章で、俺はあっさり百回を超えた。普通なら、ここで心が折れる数だ。
でも、このゲームは、落ちた数を責めない。読みこみの合間に出る短い文にも、落ちた数を気にしなくていい、という意味のことが出てくる。落ちた数は、それだけ挑んだ数だ、という顔で見せてくる。
どうしても進めない人のために、ゲームの速さを落としたり、ダッシュの回数を増やしたりできる手助けの設定もある。俺は使わなかった。でも、あると知っているだけで、坂の途中に手すりがあるみたいに、少し楽だった。
鏡の中の、もう一人
山を登る途中で、マデリンは、自分とそっくりな姿の、もう一人に出会う。色が違う。言うことが、とげとげしい。おまえには無理だ、帰れ、と言う。
それが誰なのかは、書かないでおく。遊んでいれば、たぶんすぐに分かる。俺の頭の中にも、似たような声がいる。仕事で失敗した日の帰り道に、いちばん大きくなる声だ。
途中、空の上で止まってしまった乗りものの中で、マデリンの息が苦しくなる場面がある。そこでやることは、ボタンで小さな羽を浮かせておくことだけ。上がりすぎても、下がりすぎてもいけない。ゆっくり、息に合わせて。
ここで一回、コントローラーを置いた。
とげを避けるのとは、ぜんぜん違う遊びだった。気づいたら、画面の羽と一緒に、自分の息もそろえていた。
頂上の手前で
結末には触れない。
ただ、最後のほうの章で、俺はずっと、泣きそうになりながらダッシュしていた。音楽が、それまで登ってきた道を全部背負って鳴っている。長い坂を登りきる前の、足が重いのに、遠くの山だけがやけにきれいに見える、あの感じ。
クリアしたとき、落ちた回数の合計は、千を超えていた。
千回落ちたことより、千回とも同じ場所に立ち直したことのほうを、たぶん俺は覚えている。
誰に
- 何かを始める前に、自分で自分を止めてしまう人
- 難しいゲームは苦手だと思っている人。手助けの設定がある
- 失敗した数を、夜中に数えてしまう人
いつ
仕事で疲れた日の夜に、一章ずつ。眠れない夜は、先へ進めなくてもいい。羽を浮かせる場面だけ、もう一度やってから寝る。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | Celeste |
| 作った人 | Maddy Thorson ほか(カナダの小さなチーム) |
| 音楽 | Lena Raine |
| 発売 | 2018年1月 |
| 遊べるもの | パソコン・Nintendo Switch・PlayStation 4 ほか(ダウンロード) |
千回とちょっと、の正確な数を会のあとの雑談で言ったら、凪さんに「それ、自慢ですか」と笑われた。自慢だ。だから、ここには書かない。