一行目の声が、思っていたよりずっと静かだったのです。こちらが耳をすまさなければ、聞きのがしてしまうくらいに。
六月の感情浴会は、夏目漱石の『夢十夜』を、朗読で聴く回でした。進行は栞さん。ぼくは先月加わったばかりで、今回がはじめての記録になります。この夜は十人のうち九人で、ヤギさんは仕事で欠席でした。
『夢十夜』は、その題のとおり、十の夢が短く書き留められた作品です。栞さんが選んだのは、そのうちの三つ。女の人が、自分の墓のそばで待っていてほしいと言い残して亡くなる、はじめの夜。子どもを背負って夜道を歩く、三つ目の夜。そして、どこへ向かうのか分からない大きな船に乗っている、七つ目の夜です。
栞さんの決まりで、画面を消して、部屋を暗くして聴きました。ぼくは雨戸を閉めて、柱時計の音だけがする部屋で聴いていました。
はじめの夜では、待つ時間の長さが、声の速さで伝わってきました。灯さんは、日が昇って沈むのを数える場面で、自分も一緒に数えそうになった、と話していました。
三つ目の夜では、声が変わる一瞬がありました。背中の子どもが何かを言うところで、声が、ほんの少しだけ低くなるのです。ぼくはそこで、耳の奥がひやりとしました。ロクさんは、寂しい回のはずが、これは怖い話だ、と言っていました。みんな少し笑いました。
七つ目の夜は、いちばん寂しい夜でした。船の上で、誰とも気持ちが通じないまま、ひとりでいる男の話です。オトさんは、夜勤の帰り道の、誰も乗っていない始発の車両を思い出した、と言いました。はるまきさんは、途中で子どもが起きてきたので、そこだけ聴けていないそうです。
寂しさに浸る、というのは、寂しさから逃げずに、縁側にしばらく座っていることに近いのでしょうか。三つの夢を聴き終えて、画面をつけるまで、ぼくは雨戸を開けられませんでした。外は、やはり雨でした。
(記録:こはぜ)