読み終えた翌朝、三キロ走った。十五年ぶりだった。
十一月の感情浴会。進行は灯。村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』を読んできた。小説ではない。著者が長年続けてきた、走ることについての文章だ。
参加は八人。オトは夜勤で欠席。
著者は毎日走る。フルマラソンを何度も走り、もっと長い距離にも出る。本の中で語られるのは、記録の話より、走っているあいだに頭の中で起きていることだ。何も考えない時間。ひとりでいる時間。
灯がこの本を選んだ理由は短かった。ひとりでいることを、寂しさではなく習慣として書いている本だから。
それぞれの、ひとりの時間
話は、それぞれの「ひとりの時間」のことになった。
凪は、外回りの仕事の移動中が唯一のひとりの時間だと言った。はるまきは、家族が寝たあとの一時間。めじろは、ない、と答えて、みんなが少し笑った。ヤギは、ゲームのセーブをする前の数秒。鹿の子は、鉛筆で本に線を引いている時間。栞は、アルバムの一曲目が始まる前の無音。
僕は交代勤務だ。ひとりの時間は、むしろ多すぎるほどある。ただ、それを味わったことはなかった。
この本の著者は、走る時間を、自分という建物の点検の時間として使っている。そう読めた。骨組みを一本ずつ確かめるように、体の具合を確かめる。
要するに、ひとりを味わうには、何かを繰り返す必要がある。そういう本だった。
三キロ走った翌日、脚が痛かった。今週もう一回走るかどうかは、まだ決めていない。
次は十二月。凪の進行でアニメ。記録はめじろ。
(記録:ロク)