ラルム / 作品の記録

2021.09.26媒体 音楽記録 オト

明るすぎる曲を、夜勤明けの国道で 藤井風「きらり」

歩く速さが少し変わった
『LOVE ALL SERVE ALL』の表紙
Amazon で見る

国道沿いの歩道。
夜勤明けの、駅までの道で再生した。
点滅する黄色の信号を、三つ数えたところで、イントロが終わった。


明るい曲は、あまり聴かない。
夜勤のあとは、特に。
体が重いときに、跳ねる音を聴くと、置いていかれる気がするから。

「きらり」は、跳ねる曲だった。
春の終わりに出た、藤井風の新しい曲。
車のコマーシャルで流れていたので、どこかで一度は耳にしていたと思う。
ちゃんと聴いたのは、この会に加わってからだった。
メンバーの誰かが、会のあとの雑談で名前を出していた。


一回目は、正直、合わなかった。
音が明るすぎた。
はずむリズム。
軽い声。
ぴかぴかした電子の音。
夜明け前の道には、少しまぶしい。

二回目も、同じだった。

三回目。
その朝は、東の空がもう白くなっていた。
始発はまだ来ない時間。
国道には、トラックが一台だけ。

その一台が通り過ぎたあと、道が急に静かになって、
曲だけが耳の中で鳴っていた。

そのとき、歩く速さが、少しだけ変わった。
自分で気づくくらいに。
重かったはずの足が、リズムに半歩だけ引っぱられていた。


家に着いて、もう一度、部屋で聴いてみた。
カーテンを閉めて、布団に入ってから。

さっきほどは、効かなかった。

この曲は、部屋より道の曲だと思う。
動いている体に向けて鳴っている。
止まっている体には、少しだけ届きにくい。

それに気づいてから、
夜勤明けの帰り道の、最初の角を曲がったところで再生するようになった。
一週間続けた。
三日目くらいから、角を曲がる前に、指が先に動くようになっていた。


歌詞のことは書かない。
書かなくていい曲だと思う。
意味より先に、体のほうが動く。
声が、言葉を運ぶというより、
言葉の上をすべっていくように聴こえた。

声のことだけ、少し。
軽い。
力を入れていないように聴こえる。
でも、よく聴くと、ひとつひとつの音の置き方がていねいで、
信号の点滅のように、決まった間で戻ってくる。

遠くへ行きたい、というほど大げさではない。
ただ、駅までの道が、いつもより少し短く感じた。
それだけ。

この会に加わる前は、
感想を人に話すことが、ほとんどなかった。
聴いて、ひとりで持って帰るだけ。

会では、それぞれが同じ作品のことを話す。
自分が素通りした場所で、誰かが立ち止まっている。
この曲も、最初は素通りするところだった。
誰かが名前を出していなかったら、三回目まで聴かなかったと思う。

三回目まで待つ、というのは、
夜勤の仕事で覚えたことに少し似ている。
最初の一時間は、体が重い。
二時間目から、手が勝手に動きはじめる。
曲にも、そういう時間があるのかもしれない。


しずくは二つ。
小さい。
でも、夜勤明けに足が軽くなるのは、めずらしいことだった。


駅に着いたとき、ホームの向こうの空が、もう明るかった。
始発を待つあいだ、もう一度だけ再生した。
今度は、ベンチに座ったまま。
やっぱり、座っていると少し遠い。
それでも、つま先だけが、勝手にリズムを取っていた。

浴びてほしい人

  • 疲れているのに、どこかへ出かけなければいけない朝の人
  • 明るい曲が苦手だと思っている人。三回目まで待ってみてほしい
  • 移動中に、少しだけ気分を持ち上げたい人

浴びる時間

夜明けから、朝のあいだ。
歩いているとき。
電車より、歩いているときのほうが合う。
立ち止まって聴く曲じゃない。

夜勤明けなら、帰り道の最初の角を曲がったところで再生を。
家に着くころには、ちょうど終わる長さ。

作品データ

項目 内容
曲名 きらり
歌 藤井風
配信 2021年5月
形 配信のシングル

近い気持ち


この会に加わって、ひと月と少し。
最初に残す記録は、自分の得意な暗い曲にするつもりだった。
でも、いちばん最近、足が動いたのはこの曲だったので。

作品の記録に戻る