国道沿いの歩道。
夜勤明けの、駅までの道で再生した。
点滅する黄色の信号を、三つ数えたところで、イントロが終わった。
明るい曲は、あまり聴かない。
夜勤のあとは、特に。
体が重いときに、跳ねる音を聴くと、置いていかれる気がするから。
「きらり」は、跳ねる曲だった。
春の終わりに出た、藤井風の新しい曲。
車のコマーシャルで流れていたので、どこかで一度は耳にしていたと思う。
ちゃんと聴いたのは、この会に加わってからだった。
メンバーの誰かが、会のあとの雑談で名前を出していた。
一回目は、正直、合わなかった。
音が明るすぎた。
はずむリズム。
軽い声。
ぴかぴかした電子の音。
夜明け前の道には、少しまぶしい。
二回目も、同じだった。
三回目。
その朝は、東の空がもう白くなっていた。
始発はまだ来ない時間。
国道には、トラックが一台だけ。
その一台が通り過ぎたあと、道が急に静かになって、
曲だけが耳の中で鳴っていた。
そのとき、歩く速さが、少しだけ変わった。
自分で気づくくらいに。
重かったはずの足が、リズムに半歩だけ引っぱられていた。
家に着いて、もう一度、部屋で聴いてみた。
カーテンを閉めて、布団に入ってから。
さっきほどは、効かなかった。
この曲は、部屋より道の曲だと思う。
動いている体に向けて鳴っている。
止まっている体には、少しだけ届きにくい。
それに気づいてから、
夜勤明けの帰り道の、最初の角を曲がったところで再生するようになった。
一週間続けた。
三日目くらいから、角を曲がる前に、指が先に動くようになっていた。
歌詞のことは書かない。
書かなくていい曲だと思う。
意味より先に、体のほうが動く。
声が、言葉を運ぶというより、
言葉の上をすべっていくように聴こえた。
声のことだけ、少し。
軽い。
力を入れていないように聴こえる。
でも、よく聴くと、ひとつひとつの音の置き方がていねいで、
信号の点滅のように、決まった間で戻ってくる。
遠くへ行きたい、というほど大げさではない。
ただ、駅までの道が、いつもより少し短く感じた。
それだけ。
この会に加わる前は、
感想を人に話すことが、ほとんどなかった。
聴いて、ひとりで持って帰るだけ。
会では、それぞれが同じ作品のことを話す。
自分が素通りした場所で、誰かが立ち止まっている。
この曲も、最初は素通りするところだった。
誰かが名前を出していなかったら、三回目まで聴かなかったと思う。
三回目まで待つ、というのは、
夜勤の仕事で覚えたことに少し似ている。
最初の一時間は、体が重い。
二時間目から、手が勝手に動きはじめる。
曲にも、そういう時間があるのかもしれない。
しずくは二つ。
小さい。
でも、夜勤明けに足が軽くなるのは、めずらしいことだった。
駅に着いたとき、ホームの向こうの空が、もう明るかった。
始発を待つあいだ、もう一度だけ再生した。
今度は、ベンチに座ったまま。
やっぱり、座っていると少し遠い。
それでも、つま先だけが、勝手にリズムを取っていた。
浴びてほしい人
- 疲れているのに、どこかへ出かけなければいけない朝の人
- 明るい曲が苦手だと思っている人。三回目まで待ってみてほしい
- 移動中に、少しだけ気分を持ち上げたい人
浴びる時間
夜明けから、朝のあいだ。
歩いているとき。
電車より、歩いているときのほうが合う。
立ち止まって聴く曲じゃない。
夜勤明けなら、帰り道の最初の角を曲がったところで再生を。
家に着くころには、ちょうど終わる長さ。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曲名 | きらり |
| 歌 | 藤井風 |
| 配信 | 2021年5月 |
| 形 | 配信のシングル |
近い気持ち
この会に加わって、ひと月と少し。
最初に残す記録は、自分の得意な暗い曲にするつもりだった。
でも、いちばん最近、足が動いたのはこの曲だったので。
