ラルム / 読みもの

2021.09.20連載 セーブする前に文 ヤギ

セーブする前に 第三回 巨人の背中で、手が止まった

掲載にあたって この回は、はじめ俺の個人のアカウントに載せていたものを、そのまま移しています。

右手の人差し指が、ボタンを押しっぱなしで白くなっていた。

画面の中では、俺の操る若者が、見上げるほど大きな石の巨人の、毛の生えた脚にしがみついている。巨人は歩く。一歩ごとに画面がぐらぐら揺れる。ボタンを離したら、落ちる。握力の目盛りがじりじり減っていく。

その日、俺は巨人の背中の上で、ボタンを押したまま、しばらく何もしなかった。

どんなゲームか

二〇〇五年に出た『ワンダと巨像』というゲームの話をする。

若者が、動かなくなった一人の娘を馬に乗せて、立ち入りを禁じられた広い土地へやってくる。古い神殿の奥から、姿の見えない声がする。十六体の巨像を倒せば、娘を取り戻せるかもしれない、と。

それだけだ。町はない。村もない。話しかけられる人もいない。あるのは、どこまでも続く草原と、崖と、崩れかけた石の橋と、相棒の黒い馬だけ。巨像のいる場所は、剣を掲げて光の差す方角を見て探す。地図には何も書いてない。

巨像は敵だけど、敵らしくない。こっちから近づかなければ、ただ静かにそこにいる。湖の中をゆったり泳いでるやつもいれば、砂漠の上をゆっくり飛んでるやつもいる。

手が止まったところ

五体目くらいまでは、夢中だった。

巨像の体をよじ登って、急所を探して、剣を突き立てる。巨像が暴れる。振り落とされそうになって、必死でしがみつく。最後の一突きで、巨像はゆっくり崩れ落ちる。

その倒れ方が、おかしいんだよな。

勝ったのに、勝った音楽が鳴らない。流れるのは、悲しい、重たい音楽だ。巨像は、長い時間をかけて、地面に沈んでいく。そして主人公の体に、黒い何かが入りこむ。画面が暗くなって、気づくと神殿の床の上で目を覚ましてる。

回を重ねるごとに、主人公の顔色が悪くなっていく。服が汚れていく。髪が黒ずんでいく。

七体目か八体目だったと思う。

草原の真ん中で、巨像はこっちに気づかず、のんびり歩いていた。俺は馬を止めて、それをしばらく眺めてた。こいつは、何かしたんだろうか。俺に向かってきたことが、一度でもあったか。

ここで一回コントローラーを置いた。

炭酸を一本飲んで、窓の外を見て、それからまた持った。倒さないと、先に進めないから。

遠くの山

このゲームは、移動の時間が長い。

巨像のいる場所まで、馬で何分も走る。そのあいだ、何も起きない。風の音と、蹄の音だけ。遠くに山が見える。そこまで行ける。行っても、たぶん何もない。

最初は、その時間が退屈だった。でも途中から、そこがいちばん好きになった。倒しに行く前の、まだ何もしてない時間。坂を上って、分かれ道でどっちに行くか迷って、崖の上から見下ろす。

誰もいない場所を歩くゲームが好きだ、と会でよく話してる。その好きの始まりは、たぶんこのゲームだった。誰もいないから、自分のしてることが全部、自分にはね返ってくる。

セーブする前に

このゲームでは、各地にある小さな祠に祈ると、そこまでの進み具合を残せる。

巨像を一体倒して神殿に戻るたびに、俺は祠の前で、少し迷った。ここで残したら、この一体を倒したことが、ずっと残る。やり直しても同じ。分かってても、毎回ちょっと手が止まった。

第一回ではちゃんと書かなかったけど、この連載の題は、ここから取った。セーブする前の、あの数秒。ゲームの中で、自分のした選択を確定させる前の、あの感じ。感情浴の言葉で言うなら、たぶん「考え込みたい」と「寂しさに浸りたい」のあいだくらいにある。

最後まで遊んで、どうなるかは書かない。ただ、エンディングのあと、俺は何もない草原をもう一度、馬で走り回った。行く用事なんてないのに。

遊ぶなら

十時間くらいで終わる。ひとりの週末にちょうどいい長さだ。

攻略は見ないほうがいい。巨像の登り方を自分で見つけるのが、このゲームの半分だから。詰まったら、一回コントローラーを置いて、炭酸でも飲むといい。

次の回は、もっと明るいゲームの話をする。たぶん。

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