いちばん怖かったのは、顔のない話であった。
お盆明けの土曜。こはぜの進行で、小泉八雲の『怪談』を朗読で聴いた。こはぜの決まりは二つ。部屋の灯りを消すこと。画面も消して、音だけにすること。互いの顔が見えないまま、同じ朗読を同じ時刻に再生した。聴いたのは三話である。
雪女
吹雪の夜、渡し守の小屋で眠る二人のきこり。年老いたほうは、白い女の息で凍え死ぬ。若いほうは、今夜のことを誰にも話さないなら、と見逃される。
小生はこれを、怖い話ではなく、約束の話として聴いた。何年も後に破られる約束である。脚本の組み立てとして見事なのだ。灯は、最後に女が去る場面で、少しだけ泣いたと言った。
むじな
夜の坂道で、しゃがみこんで泣いている女に、男が声をかける。女が振り返ると、顔がない。男は逃げて、明かりの灯るそば屋台に駆けこむ。
ここで、聴いている全員の息が止まった。暗い部屋で、耳だけで聴いているからこそ、最後の一行がこたえる。ぴりっと来る辛さではない。首すじに、あとから冷たいものが回ってくる辛さである。
耳なし芳一
目の見えない琵琶弾きの芳一が、毎夜、見えない客たちの前で平家の物語を語る。和尚は芳一の体じゅうに経文を書いて守ろうとするが、両耳だけが書き忘れられる。
こはぜは、ここで朗読の声が変わる一瞬がある、と会の前に話していた。そのとおりであった。どこかは書かない。
終わってから
灯りをつけたとき、画面に映った全員の顔が、少しだけ白く見えた。ヤギは途中で一度、部屋の窓を確かめに立ったそうだ。いちょうは、怖すぎるのは苦手なのに最後まで聴けた、と言っていた。
次回は九月。ロクの進行で、映画を取り上げる。テーマは「ふるえたい」である。
(記録:タカノツメ)