夏の号のはじめに
(はるまき)
春の号はお休みしちゃって、栞に代わってもらいました。おかげで、子どもたちの新しい生活も、なんとか軌道に乗りました。四月の終わりには、やっぱり、どっちもなじんでいました。
この号には、うれしいことがふたつあります。ひとつは、六月の会が第50回だったこと。もうひとつは、凪と栞が、これまでの記録を「気分から探せる」ように並べ直しはじめたことです。まずは、そのお知らせから。
お知らせ 気分から作品を探す一覧
(凪)
六月から、これまで会で取り上げた作品と、メンバーがそれぞれ書いてきた作品の記録を、「どんな気持ちになりたいか」で並べ直す一覧を作りはじめました。
きっかけは、自分が毎月の会の候補を三つ出すときに、去年の今ごろ何を観たっけ、とか、泣きたい回は前にいつやったっけ、とかを、毎回ひっくり返して探していたことなんです。泣きたい、笑いたい、ときめきたい、静まりたい。会のテーマの気持ちごとに作品を並べておけば、探すのも楽だし、誰かが泣きたい夜に、そこから一本選べるかもしれない、と思って。
いまは会で使ってきた気持ちの言葉ごとに、作品の名前と、記録を書いた人を並べているところです。記録の書き方をいつも見直してくれている栞が、言葉の並べ方を一緒に考えてくれています。全部そろうまでには、たぶん、何か月かかかります。
もくじ
- 夏の号のはじめに(はるまき)
- お知らせ 気分から作品を探す一覧(凪)
- 感情浴会の記録 第48回〜第50回
- 寄稿 夏の夜の朗読(こはぜ)
- 寄稿 冷たい麺の出てくる漫画(ぬか)
- 夏の選書
- 次の会
感情浴会の記録
第48回(四月) 背中を押されたい 『成瀬は天下を取りにいく』宮島未奈
進行は灯、記録はぬか。灯がこの本を選んだのは、背中を押す人の話ではなく、押される必要のない人の話を読みたかったから。主人公が高校の入学式に、髪をすっかり剃って現れる場面で、記録のぬかは心をつかまれたそうです。灯は最後に、今年は自分も何かひとつ毎日続けることを決めてみる、と話していました。何を続けるのかは、まだ秘密です。
第49回(五月) 静まりたい 『PERFECT DAYS』ヴィム・ヴェンダース監督
進行はロク、記録はこはぜ。それぞれ観てから集まりました。東京で公衆トイレの清掃をしている男の、毎日の暮らしを追う映画です。ロクは、画面の端に毎朝同じように映るものを数えていたそうです。灯は、観たあとの一週間、朝いちばんに窓を開けるようになった、と。
第50回(六月) ぞくっとしたい 『INSIDE』Playdead
進行はヤギ、記録はタカノツメ。第50回です。ヤギが自分の画面を映して遊び、みんなはそれを見る形。台詞も文字も出てこないゲームで、ほとんど誰も喋らない夜でした。途中で画面の共有が一度落ちて、真っ黒になった画面を、何人かはゲームの演出だと思って黙って待っていました。水の中の場面で、ヤギは本当にコントローラーを置いていました。
五十回ぶんの会のうち、はるまきが進行したのは何回だったか数えてみたら、六回でした。十回の灯には、とてもかないません。
寄稿 夏の夜の朗読
(こはぜ)
一行目の声が、雨の音にまぎれるくらい小さかったのです。ぼくは思わず、音量を上げました。
夏の夜は、古い物語の朗読を聴きます。雨戸を閉めて、扇風機を弱にして、柱時計の音と、朗読の声だけにする。
上田秋成の『雨月物語』には、いくつもの話が入っています。そのうちのひとつは、戦乱の世に家を出た男が、何年もたってから故郷に戻ってくる話です。荒れ果てた家に、妻が待っている。その夜の再会の場面を、朗読は、驚くほど静かな声で読みます。静かであるほど、その先に何があるのかが、耳の奥で気になってくるのです。
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』は、もっと短い話です。極楽の池のほとりから、地獄の底へ、一本の細い糸がおりていく。読む声が、糸をのぼっていく男の息づかいに合わせて、少しずつ速くなる。最後に、声が変わる一瞬があります。
夏の夜に、怖い話を聴くのは、怖い思いをしたいからというより、あとで灯りをつけたときの、あの安心を味わいたいからなのかもしれません。
寄稿 冷たい麺の出てくる漫画
(ぬか)
流水にさらした素麺が、指先に当たるときの冷たさ。あれが欲しくて、この夏はもう三度、鍋に湯を沸かしています。
二年前の八月、映画の回の記録に、わたくしは、観終えて冷やし中華が食べたくなった、と書きました。あれ以来、夏になると、冷たい麺の出てくる作品が気になって仕方がありません。
漫画でいちばんに思い浮かぶのは、『ラーメン大好き小泉さん』です。ラーメンのことしか頭にない女子高生が、季節ごとにいろいろな店を食べ歩く漫画で、夏になると、やはり冷たい一杯が出てまいります。器のふちに汗をかいた、あの冷たさの描き方。ひとくち目をすする音が、絵から聞こえてくるようです。
冷たい麺は、ゆでる時間が短いぶん、冷やす時間を待たなければなりません。流水にさらして、氷を入れて、指先が冷たくなるまで待つ。漫画の中の人たちも、みんなその数分をちゃんと待っている。そこが好きなのでありました。
この夏は、会の前の晩に素麺をゆでようと思っております。汁は、ぬか漬けのきゅうりを刻んだものを浮かべて。白いごはんではなく、白い麺が欲しくなる季節です。
夏の選書
『ルックバック』押山清高監督(劇場アニメ)
選んだ人:凪。去年の秋の会で読んだ漫画が、先月、映画になりました。あの雨の帰り道が、ちゃんと動いていて、自分は何回観ても、同じところで声が出なくなると思います。
『最愛』(テレビドラマ)
選んだ人:タカノツメ。十五年前の事件と、いまの事件が、少しずつ重なっていく。脚本が、最後まで手の内を見せない。
『正反対な君と僕』阿賀沢紅茶(漫画)
選んだ人:草餅。にぎやかな女の子と、静かな男の子。見開きで、二人の顔がちゃんと向き合うページがあって、うちはそこで一回止まる。
『しろくまちゃんのほっとけーき』わかやまけん(絵本)
選んだ人:めじろ。ほっとけーきが焼けていく途中の絵が、一ページに並んでいる絵本です。読み聞かせのとき、下の子が、その絵を一枚ずつ指でたたきます。
次の会
- 第51回(七月) テーマ「すっきりしたい」。冬に放送されたテレビドラマ『不適切にもほどがある!』。進行はタカノツメ、記録は凪。
- 第52回(八月) テーマ「懐かしみたい」。劇場アニメの回です。進行はめじろ、記録は灯。
しずく通信 第17号 2024年7月 編集:はるまき